■ 造花を捧げる
ある朝、下駄箱にチューリップの造花が入っていた。可愛らしいそれを手に取り、まじまじと見る。
どうすべきかなんて分からないが、取り敢えず崩れないように造花を握り教室に向かった。
誰もいないはずの教室ではなぜかカラフルなバスケ部が集合しており、威圧感に怯む。入り口の近くの席で良かったと思いながら自分の席を見ると机の上にはチューリップの造花。
バスケ部の視線を背中で感じつつ造花を回収し代わりにバックを置いた。仕方なくチューリップの造花を持って教室を出る。
名前は図書室に逃げ込んだ。
『(この造花、どうしよう)』
いつもの窓際の席に行くと、溜め息をついた。椅子を引くと、またもやチューリップの造花。コソコソと話し声が聞こえ、近くの本棚を見た。
赤、青、緑、紫、黄の順で顔が本棚の向こう側に並んでいる。紫にいたっては肩の辺りまでまる見えだ。
彼らは確か先ほど教室にいたバスケ部。
何も見なかったフリをして椅子の上のチューリップの造花を取り、持っていた二本の造花と束ねる。
チューリップの造花と彼らは何か関係しているのか、はたまた自意識過剰なのかは不明である。
『………』
椅子に座り、適当に図書委員オススメの本とポップが立っているものに手を伸ばした。すると突然ガシッと手首を掴まれ、名前は目を見開いた。
『ひぃッ!?』
ガタンと飛び退くが手首を掴む手は離してくれない。
ホラーゲームのようなシチュエーションに名前は涙目になって、手の主を見た。本棚の向こうの彼らは笑いを堪えているようだった。
相手は名前の向かい側の席に座っていたようだった。窓を背景にして前のめりになって名前の手を掴んでいるのは知らない男子。逆光で顔は見えないが、優しい雰囲気が滲み出ている。そして彼が向かい側の席にいたことは全く気がつかなかった。
「驚かしてすみません」
何事かと思えば、男子は無言でチューリップの造花を一本渡してきた。
いつの間にか離された手でそれを受け取る。
『あの、これは…』
「チューリップの造花です」
それは知っている。男子は少し考えたあと、握手を求めてきた。
「ボク、苗字さんの隣のクラスの黒子テツヤといいます」
『あ、どうも』
怖ず怖ずと手を握ると、彼は無表情で黙りこくる。
沈黙が長すぎて名前も自己紹介する。
『苗字名前です…』
「知ってます。好きです」
彼が名前の名前を知っているということに驚く間もなく告白された。本棚の向こうのカラフルな一同の誰かが、ぐふっと噴き出す。
ギャラリーがいることをすっかり忘れていた。
『えと…』
「チューリップの花言葉は、愛の告白、思いやり、愛の宣言です」
『そうなんだ、あはは…』
渇いた笑いしか出てこなくなり、4本になったチューリップを握り締めた。
「赤司くんがこうやって告白したら必ず叶うって言ってました」
視界の端の赤い頭が頷くのが見える。何の根拠があってそんなことを言ったのやら不思議だ。
『………』
「だから好きです。付き合ってください。言わなくても赤司くんのお墨付きなんで付き合えることは分かってるんです」
真顔の彼はツラツラとそんなことを言いながら、机を押し退け迫ってくる。
逆光で見えなかった黒子の顔が見えた。
『あ、イケメン…』
この瞬間、私は情熱的な彼に堕ちました。
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