■ 5秒
綺麗におめかしをして、家を出た。黒子は今年、保育士になった。
ずっと保父になるために勉強をして、やっと免許を取得したのだ。若く、男性の保父は珍しい。
子供の扱いは名前より、黒子のほうが長けていた。そんな黒子の初給料。
前菜が出てきたところで、黒子は頬を緩ませた。
「おいしそうですね」
『どぶろく飲みたい』
「オヤジですか…」
フレンチなのに濁酒を飲みたいと言った名前に黒子は苦笑いした。
『なんかクセになるというか』
「ボクはそんなにアルコール強くないので分かりませんね」
『ビールくらいで顔が真っ赤になるもんね』
名前はお酒が大好きだ。黒子はそれがちょっと心配だが。
名前がグラスを持ち上げると、黒子もグラスを持ち、二人で笑いあいながら一口飲んだ。
『おいしい…、このワイン』
「…お酒の話はやめませんか」
前菜を食べようと、黒子はフォークを手に取った。名前は黒子を無視し、前菜を食べはじめている。
『テツは分かってないね。お酒の良さが』
「分かりたくないです」
黒子も一口前菜を口に含んだ。
『なんだかムードが微妙だね』
「誰のせいですか」
『私のせいです』
そんな馬鹿みたいな会話が大学時代の付き合い始めた頃のようだ。
「………素直ですよね。貴女は」
『素直過ぎて困っちゃう』
「今夜は覚悟してください」
『あー、新しい布団買ったんでしょ?』
「そういう意味じゃないです」
『うるさい、変態。赤司お母さん召喚するぞ』
名前がキリッと言うと、黒子はやめてくださいと呟いた。
名前からの呼び出しとなれば飛んで来るだろう。
「赤司くんは苦手なんです」
『でも背中を押してくれたのは赤司くんだよ?仲人だよ?きっと中身は乙女だよ?』
最後の一言が余計だと、笑うと、名前も笑った。
「まぁ赤司くんがピュアだから厨二なんでしょうがね」
『言っちゃダメだよ、ソレ』
∝∝∝
二階の寝室に上がる。背中に掛かる重みに、名前の足が震えた。
『テツ、飲み過ぎ…。ほら、自分で歩いて』
寝室のドアを開けると、ヨタヨタと黒子を引きずりながらベッドに下ろす。
『これは明日腰痛だなぁ』
そして黒子は二日酔い。普段白い肌を、朱色に染めて、ぐっすりと寝ている黒子は子供のようだった。
まだ童顔という印象があるが、相対的に大人っぽさも出ている。
スーツを脱がして、上着をハンガーにかけた。
『(ネクタイってどうやって外すんだろ)』
中高はセーラーとリボンだったために、ネクタイというものを締めたことがない。
ベッドに振り返ると、寝ていたはずの黒子がいない。
『あれ!?テツ!?』
慌てて駆け寄ると、やはりベッドはもぬけの殻だった。
夏用の真新しい掛け布団をめくっても、居ないことは分かっていたが、やはり気になりめくってしまう。
突然背後から腕が名前の体に巻き付く。
この酒臭くて逞しい腕は黒子だ。
「こっちれふ」
『こんなときにミスディレしないでよ』
「わざとひゃ、ないれす」
酷い酔い様だと思ったが、名前は酒臭い腕を取っ払うと黒子を乱暴にベッドに放り込んだ。
『酔っ払いは寝なさい』
「いやれふ…、」
黒子が腕を伸ばし、名前の腕を掴むと、強い力でベッドに引きずり込んだ。
「きょうの名前は、てれやひゃんれすね」
『どこをどう見てそうなった』
「こんな、ろひゅつのたかいふきゅで、ひゃひょってるんれふか?」
『ごめん、滑舌はっきりして』
黒子は名前の胸元に顔をうめた。
「いい匂いれふ」
『ちょっ!?』
[
prev /
next ]