■ 14秒

 朝の忙しい時間帯。客人がいた為、名前は小さく息を吐いて客人を起こす作業に入った。黒子はその間キッチンでゆで卵を潰す作業をしている。名前が頼んだのだ。あまりに人数が多く、重労働だった。難航する名前の作業を見かねた黒子が客人を起こす作業と交代しようと言ってくれたのだった。

「皆さん起きて!!私もテツヤも出勤しなきゃいけないから」

「そうですよ、はっきり言うと迷惑です」

 卵を潰していたはずなの黒子が突然現れた。名前が驚いて横を見る。しかし、誰もいない。確かに視界の端に水色の髪の毛を捉えたのに、何故か居なかった。

「テツヤ?」

 腰に腕が回る。また、黒子の声がした。

「こっちですよ」

 真正面からだった。慌ててみると黒子が迫ってくる。そして唇が触れ合った。同時に足元からキャインと犬の声のような、よく分からない音が聞こえた。ちらりと見やると黄瀬が黒子に顔面を踏み付けられている。
 頭の後ろに手が周り、更に深くなると足元の黄瀬を踏む足に力が入る。
 まるで早く起きろと言わんばかりに踏みつけている。黄瀬が黒子の足から抜け出せたのはそれから数分後のことでカラフルな連中を起こすことを我が家の大黒柱に無言で命じられていた。名前と唇が離れたころに、黒子がやっと口を開いた。

「さっき緑間くんが起きてきて作業を交代しました」

「え!?」

 客人になんて雑用を任せてきたのだろうと抗議しようとしていたところにポテトサラダを持った緑間が現れた。

「世話になったからな。それに大人数で押し掛けてしまった。これくらいのことはさせてくれ」

 優しい気遣いに名前はジーンときた。

「緑間くん惚れるわ」

「惚れたらダメです!」

「う、うううう浮気などははは破廉恥なのだよ!」

 ぱりんとメガネが割れてしまうのでは無いかと思うくらいに動揺している。黒子は腰の腕に力を更に込めて緑間を睨んでいる。
 冗談だよ、と笑えば二人に睨まれてしまった。その後、何とか朝食を再び名前が作り、黒子と緑間が皆を起こしてまわった。



∝∝∝



 タツヤと保育園に出勤した黒子はエプロンに名札をつけて、園長に挨拶をした。と言っても園長というのは、高校からの知り合いである。あまり話したことは無かったが、保父になってからというもの、彼とは何かと話すようになった。
 何とも以外だが宮地が若くしてこの保育園の園長になったのは半年前のことだった。

「おはようございます」

 忙しそうに書類に目を通す宮地が顔を上げた。彼もまた同じくバスケを趣味に嗜む者だ。高校の出身は違えど、緑間がお世話になった先輩である。
 現在は黒子も世話になっている。

「黒子か、おはよう」

 宮地は再び書類に視線を落とす。そして、口だけ動かした。

「黒子、今日は氷室が来る。確か…モミアゴリラ?とかいうオモチャを貸してくれるそうだ」

「モミアゴリラ?なんですか?それは」

「なんでも高校のときの先輩の…、なんだったかな」

 とにかく、よく分からないものが来るらしい。だいたい氷室は少し前まで黒子の家に居たのにそんな話聞いていない。

「ずいぶん曖昧な話ですね」

 宮地が頭をかいた。

「なんでもきりたんぽをご馳走してくれるらしくてよ、いい体験になるかと思って」

 まぁ、氷室がいるならモミアゴリラが何であろうと大丈夫だろう。いざとなれば、通報すれば大丈夫。
 黒子が園児のいる部屋へ向かうと何にかの職員に会う。自分が担当しているチューリップ組に入った。

「皆さんおはようございます」

 子供は不思議だ。影の薄い黒子のことが、ちゃんと見えている。おはよう、せんせいと返してくれる。
 タツヤは向こうで絵本を読んでいる。こちらを見向きもしない。なんだかクールな子供になったなぁとシミジミ感じた。
 名前曰く、そこがそっくりらしいが、やはり黒子にはわからない。
 元気に走り回る子供達を眺めていると後ろからドンと軽い衝撃がくる。振り向くと、健康的な肌の色をした園児がいた。

「テツ!!バスケしよーぜ!!」

「青峰くん、まだグラウンドは使えませんよ?」

「ミニバスだからいいんだよ!!」

「良くないです」

 なんだかんだであの二人は結婚した。あの二人というのは、あのベタな幼馴染である。青峰と桃井だ。双子を産んだ桃井は美人ママとして有名である。桃井を守る警官になった青峰は朝から忙しそうだった。
 男の子の方は青峰にそっくりなのだが、片割れの女の子は桃井そっくりで、親子全員で瓜二つである。

「大ちゃん、だめええええ!!!」

 今度は青峰くんが突き飛ばされる番だった。

「いってええええ!!!てめぇ、なつき!!」

「大ちゃんなんて、あっちに行っちゃえ!!テツくんは、私と新婚さんごっこするの!!!」

 だいすけとなつき。これが二人の名前だ。はっきり言うと性格までそっくりである。
 目の前で喧嘩する二人を止めることもなく、眺めていた。タツヤはまだまだ絵本を読み続けているのかと思えば、すでに存在が消えていた。
 部屋の中を探しても見つからない。こんなところまで遺伝してしまったのかと、黒子が内心落ち込んだ。

「青峰くん、ミニバス…したいです」

 突然自分の息子が絵本片手に青峰兄妹の前に現れた。二人は当然驚く。端から見れば、こんな感じだったのかと我ながら感心してしまう。影が薄いとはこういう事なのだと。

「びびったぁ、誰だよ?」

 タツヤはしっかりだいすけを見ながら自己紹介をした。

「ボクは、黒子タツヤです」

 するとなつきが、タツヤを見て黒子を見てを何度も繰り返す。そして、おかしいと言った。

「テツくんと同じ苗字なんておかしい!!なんで?」

「二人とも、タツヤはボクの息子なんです。仲良くしてあげてくださいね」

 微笑むとなつきはあからさまにショックを受けた顔をする。そして何処かへ走って行ってしまった。

「タツー、お前バスケ好き?」

「大好きです」

「じゃあタツはいい奴だ!!」

「…いみがわかりません」

 バスケが好きなやつに悪いやつはいねぇって父さんが言ってたとだいすけが笑った。
 黒子は二人の頭を掻き撫でる。

「ミニバスするのはいいですけど、お昼が終わったらですよ?」

 黒子が去る後ろからだいすけがテツも参加するんだからなと聞こえた。





 お昼過ぎになってグラウンドを開放してやると、真っ先にだいすけとタツヤが出て行き、そのあとをなつきが追いかけて行った。
 黒子が園長室へ行こうと踵を返すと、宮地が丁度こちらを見ながら手招きをした。
 その後ろからひょっこりと氷室が顔を出す。

「やあ、黒子くん」

「氷室さん、こんばんは。先日はありがとうございました」

「いやいや、タツヤくんのためならバスケくらいいくらでも教えるよ」

「なんだ、黒子の息子はもうバスケやってんのか」

 宮地が少し笑う。この笑顔で緑間をしばいていたのかと思うと恐ろしい人だと思える。
 そこへ、岡村がやってきた。黒子は久しぶりの威圧感に彼を見上げた。

「あ、お久しぶりです。岡村先輩」

 岡村はおおと声をあげて、黒子の方を向いた。

「久しぶりのじゃなあ、あの時の一年じゃろ?」

 あの時のとはウィンターカップの時である。彼も有能なバスケ選手だった。黒子一人では到底叶わない相手である。

「はい。あ、それより氷室さん、モミアゴリラというのは一体…」

 氷室がニコニコしまま、岡村を指差した。

「何言ってるんだい?モミアゴリラは岡村先輩のことだよ?」

「「え」」

 黒子と宮地が固まった。岡村は、何故かしょんぼりしているし訳がわからなかった。


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