■ 13秒

 名前が黒子に縋り付いたところで、逞しい腕が名前を抱き上げる。黒子はそのまま立ち上がった。
 唇が離れて、少々寂しい。そんな名前の心を見透かしたかのように、黒子は温かい眼差しで見つめてきた。黒子の真っ直ぐな視線は、大学生の頃は直視できなかった。しかし、今は違う。結婚して、毎日寝ても覚めても一つ屋根の下。
 少し大人になって、その視線の意味を受け止められるようになった。
 今はもう、黒子の視線を直視ができるし、むしろもっと欲しい、気を向かせたいと思ってしまう。

「名前は甘えたさんですね。タツヤのほうがもっと大人です」

 黒子のクローンのようなタツヤと一緒にされては困る。最近は絵本ばかり読んで、将来が黒子と似たり寄ったりになるような気がしていた。
 敬語をつかっている辺りは、すでに似てきているということだと名前は思っている。だからこそ、タツヤがルームシェアをしたらルームメイトと恋仲になるという想像をたまにしてしまう。名前と黒子が出会った時のような、そんな運命が素敵だと感じている。

「タツヤはテツヤに似てるから。…タツヤは立派な紳士だしさ」

 タツヤは甘えない訳ではないが、自我がはっきりしている分、自分なりのルールがある。それが甘えるかどうかに繋がっているかは疑問だが、親として直感的に感じていた。
 そのことを言い訳にして、私が変わりに甘えるのだと名前が言った。
 寝室のドアを背中で押し開けると、そのままベッドに乗せる。
 近くのベビーベッドには少し狭そうにタツヤが寝ていた。

「正直な貴女は可愛らしいです」

 布団をふわりと掛けて、黒子も入り込む。二人の視界は白夜と錯覚させるくらいに明るかった。落ちない太陽の中にいるような気分だ。
 黒子の口説きに恥ずかしさを感じ、顔を伏せた。シェアする布団が二人の体温で上昇する。

「テツヤ…」

 愛しいと感じて名前を呼ぶ。黒子は大きな子供から小さい子供までを眠らす催眠術でも知っているのか、腕枕をして、背中をトントンとリズミカルにたたく。
 すると羊が一匹、二匹と名前の周りを走り抜けて、うとうととさせた。

「本当は続きをしたかったのですが、明日はお互い出勤日なので寝ましょうか」

 名前の瞼が閉じた。あっけなく。
 黒子も目をつむる。二人の夜はまるで白夜のようだった。


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