■ 11秒
翌日、名前が出勤した後に黒子がタツヤを連れてストバスに訪れていた。空は雲が薄く、ところどころに掛かっているが曇りというほどでもない。タツヤはバスケが気に入ったのか、ストバスにつくなりボールをダムダムとついた。まだ始めたばかりだからか、慣れない手つきでボールをついたり、追いかけたりしている。
黒子はその様子を眺めていた。高校のとき、何度もここで対戦した。火神はもちろん、懐かしき中学のときのカラフルな友人たちを筆頭に思い出深い。
タツヤが無理にボールを投げた。空中を舞ったボールは黒子から見れば小さな弧を描いて、ネットにもかすらないで落ちた。
タツヤはその丸い目でしばらく落ちたボールの行方を追っていたが、トテトテと走り出す。数メートルを走って、ボールを拾うとぷぅっと頬が膨らんだ。微笑ましい光景に黒子は思わず、目を細めた。
「タツヤにはタツヤにあったゴールポストを買ってあげます。ここのゴールはもっと大きくなって、今より強くなったら使いましょうね」
丁寧にそう言うとタツヤは理解したのかしていないのか、悟れない目で黒子を見た。こういうところが黒子に良く似ている。
火神にもそう言われた。黒子そっくりの顔で名前のように元気な話し方やしぐさをしていたら、なんだか違和感があるそうだ。
他人から見れば、確かにそうかもしれない。しかし、黒子はタツヤが自分に似ているようには見えなかった。遠目から見ると自分の幼いころにそっくりのような気もするが、近くで見ると気のせいかもと思える。
「ぱぁぱみたいに、強くなれますかぁ?」
トコトコとボールを抱えてタツヤが心配そうに尋ねた。黒子は自分のようにと息子に言われたことに対する、浮き立った感覚にみわまれるが、すぐに現実に戻り、なれますよと一言だけ返した。
そんなのどかな風景をぶち壊すような声が突如響いた。
「あー!黒子っち!結婚式以来っスね!!!!」
ガシャンと金網が揺れる音とともに眩しい金髪が視界に入った。しかし、それだけではなかった。
金網の向こうには黄色に続いて、青、緑、紫、赤と彩りよく並んでいた。それだけで黒子は高揚する。昔のような胸の高鳴りを感じる。
「皆さん…、」
黒子の視線と同じ方向を向いたタツヤが、まん丸の目をこれでもかというほどに見開く。ボールを支える小さな両手が緩み、ダンッと音をたてて落ちた。
「ぱぁぱ、いろんないろー、」
指をさしてタツヤは黒子のシャツのすそを引っ張る。黒子はそんなタツヤを抱き上げると、落ちたボールも器用に拾い腕の中のタツヤに持たせる。
「お久しぶりです。結婚式ではありがとうございました」
頭を下げた黒子。
「腕の中のは息子か」
緑間の一言に黒子は、頭を上げて、はいと頷く。紫原はコンビニの袋からまいう棒を取り出し、タツヤに差し出した。
タツヤは大きな目をぱちくりさせたあとに、恐る恐る受け取る。
「ありがとう、ございまひゅ」
まだ、発音がうまくできないときもあるのか、タツヤの語尾は変だった。
「黒ちんにそっくり〜」
赤司はタツヤの顔を覗き込んで、本当だともらす。黒子は黙って、中学時代の友達の会話を聞いていた。
ボールを抱えるタツヤを見てキセキと呼ばれた彼らは、嬉しそうにストバスを見た。一番最初に黄瀬がストバス内に飛び込んだ。あとを追うように外のメンバーも次々に入ってくる。
最後に入ってきたのは青峰だった。
「よぉ、テツ。元気そうだな」
「はい。青峰君も変わりないようで安心しました」
黒子がふと笑うと、青峰は伸びをしてストバスの入り口をくぐった。
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