■ 何かを

(黄瀬くんのことは忘れよう。今の恋人はテッちゃんだし)

 そう言い聞かせるようになって一週間。黒子とのお付き合いも一週間目。
毎日がとても明るく華やか。今日もまた噂が流れる。
 "〇組の苗字さんと黒子さんが付き合ってるんだって!"
 最近はビッグニュースとして上がっていた。
 クラスから冷やかしを受けたりするがそれさえも嬉しかった。
 そんなある日のある時間。黒子の様子がおかしかった。ずっと名前から離れない。一緒にいるのは最近よくある話しだ。黒子と歩く名前を見れたら恋が成就するという噂があるくらいなのに。

(どうしたんだろ?)

 その謎は解けないまま放課後を迎える。相変わらず黒子は名前の傍にいるがまるで何かから名前を隠すような動作をするのだ。

『テッちゃん、なに見てるの…?』


 思い切って聞いてみるが黒子は反応がなかった。手を揺すっても、目の前で跳ねてみても。

『テッちゃーん?』

 そう言った所で黒子に抱きしめられる。ふと視界に黄瀬の顔が入った。とても悲しそうな顔で名前と黒子を見ていた。

「名前は……どちらが…」

 今にも消えそうな声で黒子は言う。

『え…?』

「見たんでしょう?黄瀬くんがそこに居ること……」

 黒子の消えそうな声は空中で溶け、存在がなくなってしまいそうなくらいに儚く脆く見えた。抱きしめられる体温が心地好くて目をつむる。

『…そうだね。まだ未練がましくなるよ。でも今の幸せを手放すくらいならね、進めなくて良いんだ』

 いつの間にか姿を消した黄瀬。

「……そうですか」

 離れた途端に悔しそうな表情をする黒子。

『怖いからテッちゃんにすがるの。今助けてくれるのはテッちゃんだけで、恋人はテッちゃんで、私が恋をしてるのはテッちゃんで、黄瀬くんはもう他人』

「本当に良いんですか?」

『テッちゃんがいらないって思ったら捨ててもいいよ』





 夕暮れに照らされた体育館もバスケットボールの感触も、彼の心地も好き。進めなくて良い。
 私は心に残っていた気持ちを一つ捨てた。



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