■ 満たしていく。
「おはようございます。苗字さん」
隣の席に淡い水色髪の青年が座る。彼は黒子テツヤ。大人しく読書が好きな文学系男子だがバスケが大好きなスポーツマンだ。
影が薄いらしい彼は一度、名前を赤司というバスケ部の主将に合わせたことがある。バスケ部の主将はその時こう言った。
「君はイーグル・アイを持ってるのかい?」
と言った。イーグル・アイと言うのは鷲の眼と言うことで広い視野を持つ人のことらしい。
無論、そんなもの知りもしない名前は首を傾げた。つまるところ、名前は黒子を楽に見つける、はたまた、ほとんど見失うことが無いと言うことだ。
『おはよう。黒子くん。今日も存在感ビンビンだね』
「そうですか?初めて言われました」
キョトンとした顔で言った黒子に笑いかけると、『本当?』と言った。
黒子は『本当ですよ』と言う。
『不思議だね』
「鷲の眼効果じゃないですか?きっと苗字さんと1on1したら負けちゃいそうです」
クスクスと笑う黒子に名前は席に座りながら首を横に振る。
『無理だよ。体育の時だって黒子くんのプレイするバスケは並の人より上だもん』
黒子とてバスケ初心者ではないのだ。見た目が貧弱そうだの、小さい云々は抜きとすると黒子はちょっと授業でやっただけの輩とはレベルが違う。
「そんなこと無いですよ」
そうやって謙遜するが事実だ。
しかし、バスケ部のスタメンながらもコートの中に入ると最も弱くスコアラーには程遠いらしい。
『それでも幻のシックスマンって呼ばれてるじゃん』
「シックスマンというのは一つのことにしか特化していないということですよ」
黒子は文庫本を机から取り出し、あらかじめ用意してあったブックカバーを掛ける。毎朝、同じことをしているように見えるが、まさか一日一冊のペースで読んでいるのだろうか。
『…そうなんだ』
ブックカバーに目がいって黒子の話しを聞き流してしまった。そんなことも知らずにテキパキとブックカバーを掛け終えた黒子は本をパラパラとしながら馴染ませる。
あまりにも一連の動作が速くて驚きを隠せない。インドアスポーツとはいえ白い指先はブックカバーを弄り、ページをパラパラさせる。
もはや名前の方が色黒に見えた。
黒子は名前の視線に気がつくと困ったような顔で見てくる。
『なに?』
応答に困った様子で視線を逸らしがちにしどろもどろする黒子に名前はクエスチョンマークを浮かべた。
「あ、あまり…、見ないでください」
少し顔を赤くしながらチラリと名前を見ては逸らすことを繰り返す。
『なんで?』
「その、お…お、女の子に見られるとなんか……意識してしまう…というか…の、なん…い」
語尾がよく聞こえなかったが要は恥ずかしいと言いたいのだろう。
『あ、うん。ごめん』
パッと前を向いた所でチャイムがなった。
先生が来ていないのに颯爽と席につく生徒はそれぞれ朝勉強をしたり読書を始める。黒子は後者で読書をしていた。まだ少し赤い黒子の頬や耳が朝の日差しに照らされて異様に目立つから微笑ましく思える。
昨日まで似たような表情をあの黄瀬に見せていたのだから不思議である。
鞄を机に掛けて頬杖をつく。
(昨日、フラれたんだよね…。実感湧かないな)
特にすることもなく窓の外を見ると黄瀬の笑顔を思い出す。
ぼーっとしていると頬杖をついた肘に何かが当たる。黒子寄りに手紙が机に落ちていた。メモ帳の切れ端で中を広げると綺麗な字で"黄瀬くんに告白したって本当ですか?"と書かれていた。
(いきなり核心突かれたな…)
ペンケースからシャーペンを取り出し、一言かいて黒子に投げる。
黒子は紙を広げると目を見開き、水色のカラーペンを取り出しサラサラと書きはじめる。
そして戻ってきた紙を見れば"ごめんなさい。好きです"と書かれていた。
ふと暖かい気持ちになったのは気のせいではないだろう。
一晩だけ無彩色だった感情が有彩色に彩られたような気がした。
名前はピンクのカラーペンを握った。
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