■ ゼロセンチの距離感

 マジバにつくと、黒子がいつものものを頼んだ。
 名前はその間に席を確保する。少し混み合っているようで、番号が書かれた控えを持って、黒子が隣に座った。

「5分ほど掛かるみたいです」

 名前が「そうなの?」と聞けば、黒子が頷く。マフラーを解こうともがく名前の手伝いをしつつ、二人の距離はゼロ距離までに縮まった。
 黒子がマフラーを解いてやると、名前がふぅっと息を吐く。少し苦しかったのかもしれない。
 番号札を指先で持て余す名前はせわしなく動く。

「名前…」

 ちょっと落ち着きましょう?、と黒子が注意すると、何故か顔を背けて頬を朱く染めた。
 黒子には意味不明な行動でしかなかったが、放っておくわけにもいかない。

「名前、どうしたんですか?さっきから」

 黒子が顔を覗き込むと、さらに顔を朱くさせてしまう。それが楽しいのか、黒子が手を握る。
 名前はもはや爆発寸前だ。

「は、離して…!」

 手を押し返す名前は見向きもしない。番号札がポロリと机に落ちる。
 再び近づく距離。

「何故、照れているのか教えてくれたら離します」

 黒子が珍しく微笑んだ。それさえも見れない名前は小さく呻くと、俯いたまま語った。

「ジッとしてると…上着からテツヤの匂いがするから」

 半ば変態発言だが、黒子には嬉しさの方が勝っていた。理由を述べたのに、手をさらに握りしめてしまう。
 黒子は口元の緩みを止められなかった。

「そうでしたか」

 手を離すのが嫌だと言わんばかりに、握りしめている黒子を未だ見ていない名前は金魚のように口をパクパクさせる。
 店内の小さなスピーカーから店員さんの声が聞こえる。二人が持つ、番号が呼ばれた。

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