■ 安心してください、邪魔者は消しましたから
名前はいつの間にか追い詰められていた。
科学準備室の壁に押し付けられ、よそ見をする余裕もないくらいに焦っていた。
窓の外は既に暗い。日が短い秋だからか、まだ18時だというのに月さえはっきり見えていた。
「なかなかに良いシチュエーションですね」
名前は内心は怯えつつ、外は固まったまま動けずにいた。それがまた楽しいのか、愉快なのか、黒子は唇を微かに引いて笑って見せた。
「安心してください、邪魔者は消しましたから」
黒子の艶やかな表情が名前の瞳を射抜く。
何とか開いた唇は震えていたが、かろうじて小さく蚊の鳴いたような声で反論した。
「な、ななななんのことでしょう…」
邪魔者が誰かとは聞けなかったが、もはや唇に生気はこもってはおらず、今にも泣き出しそうな顔を俯かせた。
黒子は小さく息を吐く。その音が名前の動悸をいっそう急かす。ビビり半分、何とも言えぬ感情が半分と混ざっていた。
「わかりませんか?こうして壁に追い詰めている意味が。邪魔者を消した理由が」
黒子は眉を眉間に寄せて、暗い準備室を月明かりが照らした。
黒子の白い肌も月明かりに照らされると、さらに際立ち女性のようにも見えるが、輪郭のラインや手の甲に浮き出る関節を見ると、やはり男性である。
いつもはしっかり留めている学ランのファスナーも、名前を追い込む間に少し下がってしまったのか、鎖骨が見えていた。
その鎖骨をいつもならワイシャツが隠すのだが、今日に限って開いている。部室で急いで着替えたのだと予測ができた。
名前がじりじりと壁を伝いながら横へ少しずる。
すると、黒子の膝が名前の足の間を横断した。そのまま、ゴンッと鈍い音をたてながら壁にぶつかる。
「ヒィッ!!」
思わず悲鳴をあげた。黒子の膝が痛そうだと頭の片隅で思いつつ、恐怖も込み上げる。
「逃げないでください」
まるで獲物を逃がさまいとする獣のように、黒子は目を細め、静かな威圧を醸し出す。
名前は威圧に押され、ついに涙目になった。
「ご、ごめんなさい…」
消え入りそうな声で黒子に謝罪する。
黒子の両腕は名前を挟み壁に付いており、片足は足の間を塞ぐように壁に付いている。
「せっかく、告白したのに逃げるだなんて酷いです。それ以上にボクから逃げようだなんて、もはや罪です」
そんな意味不明なことをつらつらと並べ、黒子はため息をついた。
日が短くなり、月明かりに照らされた妖艶さは名前の知らない黒子で、なんとも言えないくらいに綺麗だった。
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