■ 08

 不意に緩んだ口元を隠すように手を添えてみる。日本人によくある行動と言われているらしい。
 しかし、そんなことは今はどうでもいい。目の前の少女はもしかすると…。
 黒子の中の仮説は彼にとって有為であっても、世間では恐ろしいものであった。













Act08













(契約者かもしれない)

 新しく生まれた契約者ならまだ彼等にはバレていない。そう考えた。

「テツヤ?どうしたの?」

」心配そうに名前は黒子を見る。代償も大体、察しがついた。

「すみません。名前さん、図書館が原因不明の火災に見舞われたのでまた今度行きましょう」

 果たしてそんな日がまた来るのかは分からないが、一応言っておく。
 名前は不満げだったが、おとなしく頷いた。

「……」

 そのまま長机に横たわる。眠たいのだろう。
 そのまま、寝息が聞こえて来る。部下はしばらく帰ってこない。追い払ったのはほかでもない黒子自身というのもあるが、何せ感の良い部下だ。気を利かせて捜索に行っているのだろう。
 いろいろ謎が残っているが、今は考えなくて良い。黄瀬を殺すことだけを考える。

(作戦タイムです…)

 黒子は思考を巡らせる。
 そもそも契約者である黒子が軍部にいるのは身を守るため。灯台元暗しというやつだ。更に暗殺は軍に入る前からの得意分野であった。最初こそは殺すことに躊躇したが今では何とも思わない。
 黒子を含む契約者はあるゲームをしている。はっきり言うとただの殺し合いだが。

(青峰くんの言った通り黄瀬くんが来ましたね…)

 アホ峰と称された彼が言った言葉に少々驚いた。
 すでにゲームは始まってから1年が経つ。それまでは皆、暇つぶしの様に周りの契約者を殺していった。 最終的に残ったと思われる契約者は黒子と黄瀬、青峰、緑間、紫原、赤司だ。
 黒子達が闘う理由はただ一つ。願いを叶えること。
 他の皆が何を願うかは知らないが、とにかくこの殺し合いに勝てば願いが一つ叶うのである。
 その願いというのは置いといて、どちらにせよこのゲームからは降りられない。勝利の条件は全ての契約者を殺すこと。
 黒子は本気でかつての仲間を殺す。幼い時、差し延べられたあの暖かい手を黒子は捨てた。正直に言うと嫌になったのだ。殺し合う運命とも知らずに寄り添って生きてきた。
 白く清潔な眼帯に覆われた左目はもう日常生活においては使い物にはならない。一応、見えないわけではないが、理由がある。

(気ままに待ちましょう。黄瀬くんはまた来る)

 寝息をたてる名前に協力してもらおう。彼女自身が契約者だとしたら彼女はどうするだろう。
 互いに殺し合う未来もそう遠くないのかもしれない。
 勝つのは自分と言い聞かせて、名前に近寄り頭を撫でた。いつかはこの手で可愛い妹を殺さねばならない。
 軍はもともと契約者から王族を守るために生まれた。名前の周りは敵だらけである。黒子は何としても名前が自分の力に気がつく、その時まで守り抜かなければならない。

「………ずっと、こんな時間が続けば貴女は…」

 きっと自由に暮らすことが出来ただろう。もっと名前の能力を早くに気づいていれば…。

(いえ、どちらにせよ、運命は変えられないんです)

 黒子の顔が暗く眉間にシワを寄せて俯いた。撫でていた手を止めると名前が寝返りをうち黒子に背を向ける。
 名前は静かに目を開けて自分の指先を見た。
黒子が頭を撫でた辺りから寝たふりをしていた。先程の言葉の続きを待ってみるが背後からは深い溜め息が聞こえ元の定位置に戻ってしまった。

(…テツヤ、何を悩んでいるの?)












***












 夕日が綺麗に沈む頃名前はオフィスの窓からぼーっと頬杖をついていた。
 原因不明の火災により図書館は崩れ去ったと黒子は言っていた。しかし、何故か納得いかない。いや"何故か"という表現は合わない。
 正しくは自分の中で矛盾しているのだ。
 黒子と確かに図書館に向かっていた記憶がある。しかし図書館の門を潜った辺りでスッポリと記憶が抜け落ちているのだ。気がつくと知らないテントの中で無機質な長机で寝ていた。
 見渡すと軍服の黒子を見かけて安心したのを覚えている。
 誰かが自分の名前を呼んでいた。そんな気がする。とても暑かった気がする。
 ただ一つ、記憶に残っているのは目の前に燃え盛る炎。周りには沢山の本棚。
 それだけだった。オフィスに来てから図書館の案内図や写真、資料を見せてもらったが何一つ分からない。しかし自分はこの図書館の中を理解していた。別に写真を見ても思い当たる所はない。それでも知っていた。
 出口までの道順。内装。通路。その他諸々…。
 行ったことのない場所なのに知ってる。

(テツヤは何か隠してるの…?)

 暖かい家族の隠し事は名前にとっては辛かった。
 オフィスの大きな机に向かう黒子を見てみる。夕日に反射する淡い水色が綺麗だった。

「…………テツヤ」

 髪をかきあげてこっちに上半身だけ振り向く。

「なんですか?」

 疲れ気味のその声は優しい。今日の件でなにか揉め事でもあったのだろうか。

「ねぇ、…私に何か隠してない?」

 黒子の目が見開かれ、握っていた万年筆をカランと机に落とす。
 コロコロと転がる万年筆のペン先は折れてインクが机にじわじわと広がる。


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