■ 04
慌てて出て行った部下を尻目に窓の外を見た。
「今日は快晴ですねぇ…」
誰も居ないオフィスを見て黒子は客間の名前でも呼ぼうかと思う。
「暇ですもんね。それに快晴の日は左目が痛みますから、目の保養が欲しいです」
ブツブツと黒子が言いながら窓に背を向ける。自分の影が床に映り、風邪が吹く度に髪がふわふわと揺れた。
「なぁーに、言ってんだ?テツ」
「いえ、左目が痛むので目の保養が欲し…」
自分の影に別の誰かの影が重なりハッとする。振り返れば窓枠に男が座っていた。
Act04
「よぉ。テツ。久しぶりだな」
彼の存在に気がつけなかった黒子は目を見開く。
「青峰くん!?どうして此処が…」
「まぁ、落ち着けって。別に遊びに来ただけだよ」
頭をボリボリと掻きながらオフィスに入って来る。黒子は警戒心丸出しで、後ろへ飛びのき、睨みつけた。
「青峰くん、出て行ってください!キミは侵入者なので場合によっては…」
「うるせぇよ。ったくよぉ、テツが居なくなってから黄瀬はうるせぇし赤司なんか何考えてるかすら分かんねぇ」
「動かないでください。撃ちますよ」
青峰は黒子に銃を向けられていることに驚く。黒く日焼けした彼は黒子のかつての親友だ。
「テツでも、しっかり軍服着て銃を構えると軍人らしいな」
「嫌みですか…」
黒子が少し肩の力を抜く。しかし、銃は下ろさない。
「一つ、忠告だ。赤司のヤローもおかしいが、他のヤローもおかしい。気をつけろ」
「……わざわざ伝えに来たんですか?」
「まぁな。かつての光として言っておく。キセキと呼ばれた奴らは王族や貴族の目の敵だ。上の連中を警護する軍隊に契約者が混ざってるバレたら殺されるぜ?」
わりと真面目に言った青峰に黒子は嘲笑った。
「ふふ、ボクが殺せるものなら殺してみろ…、ってとこですかね。無理ですよ。代償が払えなかったら死ぬでしょうが…。生憎ボクは…………」
言わなくても分かっているでしょう?と黒子は青峰に言う。
「まぁそうだろうな。あとさ、近々黄瀬が来ると思うぜ?お前が拾ったあの奴隷、話題になってんだからな…」
「おや、もう知れ渡ってしまいましたか。それでも勝つのはボクです。生き残るのもボクです」
ニッコリと笑う黒子は銃を下ろす。しかし引き金に掛かる指の力は抜けてはおらず、いつでも撃てる状態だった。
それこそ黒子の容赦はしない決意の現れでもあった。
「おー、こえー。つうわけで、真っ黒子様に殺られる前に退散するわ」
「えぇ、そうしてください。ボクに…殺される前にね」
ぶわっと風が吹き、カーテンが舞い上がったのと同時に青峰は窓から飛び降りた。
しばらく青峰が出て行った窓を睨んでいたが、オフィスのドアが開き何人かの部下が帰ってきた。
「あ、隊長!なんで遅刻したんです!?」
別の部下に怒られながらシラを切る。
「ボクは…ちゃんと朝から居ましたよ。その、皆に気づいて貰えなかっただけですっ!!」
先程の剣幕が嘘のように、しくしくと泣きまねをする黒子に部下が怒鳴り付けた。
「それ、絶対嘘ですよね!?」
「ボクは嘘をついてません。冗談は苦手なので」
黒子が客間の前に行きドアを開ける。まるで縋るように開けるものだから部下が逃がさまいと追い掛けた。黒子本人は逃げているつもりは無いのだが、勘違いをされたらしい。
「隊長!客間に逃げても無駄ですよ」
「に、逃げてません…」
こればっかりは本当だが信じて貰えない。
「ほら、名前さん。こちらへ」
黒子が言えば客間の中から嬉しそうな顔で名前が走って来る。ドアの前で立っている黒子に飛びつく。
「テツヤ!!もうお仕事終わったんですか!?」
「ふふ…、まだですよ。…1時間も経ってないですよ。名前さん」
「テツヤ、1時間とはどのくらいですか?」
「60分間ですよ」
「それは1分が60個ってことですか?」
「はい」
「1分が60個は長いなぁ」
「長いですね…。そうそう、名前さん」
「なんですか?テツヤ」
「ボクの部下に名前さんを紹介しようと思いまして…」
「紹介…?」
「はい。自己紹介できますか?」
名前に合わせて屈む黒子は微笑む。
「………できるかな?」
「……できるならやってほしいですね」
名前は黒子から離れて、オフィスの人々と向き合う。
「……黒子名前です。その……テツヤの妹?です。…………よろしくお願いします」
「何で妹のとこだけ疑問形なんですか…」
むくれる黒子にオフィス内で笑いが入る。いつの間にか本を買いに行った部下も混じっていた。
「だ…、だって。テツヤは、……お父さん、みたいなんだもん………」
恥じらいながら、おずおずと言った名前に黒子が卒倒しそうになる。
「おと…!?ボクが!?」
一気に笑いに包まれたオフィスで一際目立つ白髪を揺らして顔を真っ赤にした名前は黒子の後ろに隠れてしまった。
「隊長!くれぐれも、知らない女の人に孕ませないでくださいね」
本を黒子に渡し、部下が笑う。
「だから、ボクをなんだと思ってるんですか!」
「テツヤ、孕ませるってどういう意味?」
黒子の軍服の裾を引っ張った名前は興味津々である。さっきの恥じらいはどこへ行ったのやら。
「名前さん!孕ませるなんて言わないでください。せめて孕むです!!」
「同じじゃないの?」
「全然違います!!」
***
「これ、読めますか?」
「…りんご?」
「じゃあこれは?」
「漢字はまだ…」
「おや、これは犬ですよ」
「いぬ…。覚えました」
名前が黒子に読み書きを教わっている間にせわしなく部下は動き回る。
「じゃあこれは読めますか?」
「今日のお天気は晴れだから出かける」
「大正解です!もう平仮名や片仮名は大丈夫ですね。しかし、漢字も覚えなければ…」
「漢字辞書…、」
名前が呟くと黒子も、うんと頷きオフィス内を見渡した。
「そうですね、慣れてもらいましょう。簡単なものでしたら解るみたいですし」
黒子は書架から漢字辞書を取り出し、大体の使い方を名前に教え仕事に戻った。また名前には客間に戻ってもらおうか迷ったが、文字が沢山読める部屋はこのオフィスくらいだ。
「名前さんは皆さんの邪魔にならないようにこの部屋の中を散策してください。気になる漢字を見つけたら漢字辞書で調べること。いいですか?」
「はい。テツヤ」
「じゃあボクは仕事に戻りますね」
それを合図に名前は漢字辞書と紙とペンを持ってオフィス内の書架の背表紙とにらめっこを始めた。
「聡明な子ですね」
「嫁にはあげませんからね」
黒子は見向きもせずに横に肩を並べた部下に答える。
「誰もそこまで言ってないでしょう。……それにしても隊長が義兄妹だなんて、違和感がありますね」
「そうですか?ボクは楽しいし、いいなぁと思ったのですが」
「だってあの影の薄い隊長がですよ?」
「嫌みですか。ボクは好きで影が薄いんじゃありません」
黒子がオフィスのソファに座ると部下も付いてきて続ける。
「だって、ただ影が薄いだけじゃなくて、暗殺に特化してるだなんて…」
もっと良い使い道はないんですかぁと零す部下に笑いかける。
「ボクだって大変な環境で暮らしてきたんです。それくらい覚えなきゃ、生きていけないんです」
「環境…ですか?」
「ボクはスラムの子供と同じような暮らしをしてきたんですよ?」
そう言えば、と言って部下はスミマセンと謝り去って行った。
(名前さんには沢山の愛情に囲まれていて欲しいんです。だからボクは彼女を家族に――――…)
書架の前で漢字辞書を開いてはまだ平仮名だらけの文字で紙にメモをしていく名前をしばらく見ていた黒子。
「さて、ボクも一仕事ですっ!」
ペンを取り、目の前の紙の山に手を伸ばした。
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