■ 39
紫原は一足早く屋敷に侵入した。
今となっては何の思い入れもない。慣れた足取りでリビングへ入った。
「ただいま」
なんて懐かしいのだろう。全然変わっていなかったリビングには母親の姿。
目の下には隈が出来ており髪はボサボサだった。父の姿も探すが見当たらない。
「敦くんなの…?」
わなわなと震える母親の姿は紫原の目にしっかりと焼き付く。残像を残すためといわんばかりに。
「そうだよ〜」
いつもの呑気な口調で言って、黒子から借りたナイフを取り出した。
気づかれないように、そっと。
「本当なの!?貴方、一体どこにいたの!こんなに薄汚れて…」
駆け寄ってくる母親。そしてナイフを一降り。
嫌な音とメリメリとナイフが首に減り込む感触。正直言うと気持ちが悪い。
「ばいばい。お母さんのお菓子、大好きだけどアイツの親戚だから、…死んでもらうね〜」
即死だったのだろうか、まだ意識はあるのか分からないが動かない母親を見て紫原は笑った。
どちらにせよ死んでしまう。
ナイフを抜き取りまじまじと刃先を見た。どす黒い血が付着している。
黒子はいつもこんなことをしているのか。
しかし今はそんなことを構っている暇はない。踵を返し、入口へ方向転換した。
その時、黒子の姿が見えた気がした。
背後で何かが倒れる音。
Act39
「やはり、慣れないことは一人でやるには辛いでしょう?」
唖然としたあと、足元を見て母親の死体に被さるように父親の死体が被さっていた。
「…お父さん、いつの間に」
「ずっと見てましたよ。紫原くんのことを」
机の上に優雅に座っている彼は正しく黒子だ。しかしいつもの雰囲気は消えている。
「黒ちん…」
黒子の姿を見た途端に紫原は戸惑った。
黒子の小柄な体格に合った服。黒を基調とした服。ホルスターの中には銃。
「どうですか?似合ってますか?」
14歳にしては大人っぽく、大人にしては小柄な黒子。黒子が纏っていたのは、契約者の敵、つまり紫原の敵でもある軍服だった。
「なんで…、軍は敵でしょ」
冷や汗が流れた。
「敵です。しかしボクは別ですね。やるからには徹底的に、…………軍内部から死の鉄槌をくだすとどうなるか知っていますか?」
ニヤニヤとしている黒子はいつ士官学校に行っていたのだろう。
「…テツヤ、やっぱり裏切るんだな」
紫原の背後からは赤司の声。
「赤ちん、どうなって…」
「赤司くん、誤解ですね。因みにボクは契約者ではありません。それにもう十分でしょう?義賊として貴族を襲い、殺し、そしてお金を盗み、外国の契約者を殺し………」
赤司が一歩前に出た。紫原はただならぬ雰囲気に怖じけついてしまいそうだ。
「残りはキセキの世代…、」
紫原はハッとした。つまり、仲間同士で殺しあう時が来たらしい。
なんとなく、直感だがもうこの世界には契約者は大日帝にしかいないように思えた。
「ボクは関係ありません。ただ欲望のためだけに動くだけです。ほら、軍を潰せば王は誰にも守ってもらえない、貴族は丸腰…。楽しみですね」
机からストンと降りて嘲笑うかのように紫原と赤司を見た。
「……テツヤは契約者じゃないんだね?」
「黒ちんが!?」
「失敬な。でも赤司くんが見出だしたミスディレクションは重宝してますよ?」
黒子は何がおかしいのか笑っている。それが不気味でたまらない。
黒子が軍に入ったことが、キセキの解散の原因だ。
きっと赤司も感づいていたかもしれない。
この時の紫原は知らなかったが、黒子はキセキをただ利用していただけだし、赤司は何れ妹と殺しあわなければならない運命に置かれていた。
「黒ちん、…赤ちん、」
「敦は黙ってて」
赤司が構えた。黒子は優しい目つきが豹変する。
「二人目ごときが調子に乗ると痛い目見ますよ?」
ふたりめ?だれのこと?
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