■ 38
黒子が数日帰ってこないことなどよくある話だった。
短くて三日。長くて一週間。血まみれでなくても血生臭いから何をしていたかなんて一目瞭然だが、口にした者は一人もいない。
仲間が裏で人を殺しているなど言えるわけない。
しかし赤司は違った。紫原からすれば気味が悪くてたまらない黒子だったが、別に何かされたわけではないし、むしろ優しい。
でも黒子の笑顔はいつだって暗かった。どこか眩しいものを見るように目を細めて、自らのパンを差し出し、ナイフを握って出ていく。
キセキ全員がそれぞれの能力を持ち合わせ、願いを叶えるために集まった。しかし、いつかは殺しあう運命。それまでは皆で協力しあうつもりだ。
そんなある日。留守にしていた黒子が帰ってきた。
いつも通りだと思っていた。しかし、血生臭いだけではない黒子に赤司以外は唖然とした。
Act38
「ただいま。聞いてください」
いつになく嬉しそうな黒子は狂喜に満ちていた。
「く、黒子っち…、どうしたんスか」
黄瀬は目を見開いて震えていた。つい最近、来たばかりの新入り契約者だ。
紫原は黙っていればイケメンだと思っていたが、なかなかに面倒臭い奴という印象がこびりつき、イケメンというレッテルはとうに消えていた。
「え?何って、いつも通りですよ?」
血生臭いだけならまだいい。しかし今日の黒子は血まみれだった。
「いや、いつも通りって…。テツ…、そりゃねぇだろ」
青峰が呆れ半分でパンをかじる。
「別にいいじゃないですか。後ろに立っていても気づかれない、無用心極まりないですよ。だから背後から刺されちゃうんですよ。…ボクに」
クスクス笑う黒子は滑稽だと言って服を脱ぎ、別の服を着た。
「えげつないのだよ…」
「汚らしい豚が愉快そうに笑っていたのでつい…」
黒子の殺しに対する基準はどこなのか。誰にも分からない。しかし、この時から狂っていたと思う。
「テツヤ、前置きはもう良いだろう」
赤司がやっと口を開いた。何かを確信した目で黒子を見据えている。
「…そうですね。君に逆らうとろくなことはありませんし」
黒子がナイフを取り出すと磨きはじめる。
「テツヤ…、用件は早くお願いしたいね」
「そんな急かさないでください。キセキとボクは違うんです。能力なんか持ってませんし、特に取り柄もありません」
キュッと布で擦ると血まみれのナイフも綺麗になる。
「だから、皆さん。ボクからの提案です。義賊になりませんか?」
「義賊だぁ?テツ、どうしたんだよ」
青峰が頭をバリバリとかきながら、パンを黄瀬に渡した。黄瀬はいらないとパンを返している。
「醜い貴族を殺すんですよ」
貴族、の言葉に紫原はゾッとした。紫原の経歴は黒子も知っているはずだ。
「…黒ちん、俺も殺すの……?」
足に力が入らなくて、ただ黒子を見ることしかできなかった。奴隷制度を定めたのは紫原の親族。紫原家の跡取りがここにいる。
赤司はすぐさま紫原に駆け寄る。
「…紫原くんを?どうしてですか?」
「……だって、」
「紫原くんはボクの仲間で友達でしょう?」
何故殺す必要がある、と言いたげに首を傾げる黒子を見て心底ホッとしたのを覚えていた。
「まぁ、皆さん文句は無いですよね?」
誰も、何も言わない。
黒子は決まりだと笑う。
「明日からは貴族狩りですね!!一緒に頑張りましょう」
***
黒子と話がしたくて紫原は起き上がった。布張りのテントには仲間が散らばり狭い中、なんとかシェアしていた。しかし、その中に黒子と赤司の姿は無かった。
「…………?」
テントの外を覗くと黒子と赤司がいた。
「(何を話して…)」
ボソボソと聞こえる会話には赤司の妹と聞こえた。そして名前という単語も。
「大丈夫です。きっと見つかります。ボクも全力で探していますから」
「しかし、名前がいなくなってもう一年…」
「生きている可能性はあります。ただし奴隷として…」
スラム街で消えた者の運命。大半が奴隷として貴族に売られる。
「人を売買するなんて人として最低です。絶対に見つけ出してきますから」
その時、黒子が意味ありげな含み笑いをした。赤司は気がつかなかったみたいだが。
「……悪いね。契約者殺しで手が離せないんだ」
「仕方ないですよ。ボクは別にそんなことのためにキセキを結成したわけではありませんが、今は生きることを優先しましょう」
意外と黒子は人に対する思いやりは大きいのかもしれない。
何となく思った。
「(人を見かけで判断しちゃいけないのかも)」
それでも黒子は裏で何をしているかなんて問われたら、何とも言えない。
いつだって紫原たちのサポートをしている。言わば脇役。はたまたは光の後ろに立つ影。
きっと影という表現が似合っている。
「紫原くん、出てきてください。ボクに話があるんでしょう?」
赤司並の観察眼は凄いと思うがやはり気味が悪い。
「黒ちん、気づいてたの?」
「なんというか…、紫原くん独特の雰囲気が漂っていたので」
「同感だ」
赤司までそう言う。
「別にそんなつもりは無いよ〜」
「知ってますよ」
黒子があまりにも嬉しそうにするものだから紫原はテントを出て二人に近づいた。
「俺さ、明日。家に帰って、…家族を殺してくる」
小さな決意。黒子と赤司は目を見開いて紫原を見つめた。赤司の妹のため、自分のため。そう言い聞かせて、ただ笑うしかできなかった。笑えてたかも危うい。
でもそれが最善策だと思ったのだ。
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