■ 03
黒子の家に戻ると突然、頭を撫でられ名前は困惑した。
「今日から名前さんはボクの家族です」
「…えと」
「ようこそ。黒子家へ」
正直に言うと、とても嬉しい。優しく微笑む黒子を見上げたり、目を逸らしたりしていた。
「ありがとう…」
恥ずかしくなり名前は俯く。
Act03
黒子は洗面所へ行くと着替え始める。シャツを脱ぐと白い身体が細いのに頼もしく見えた。
ハンガーに干されていた服を掴むと、名前に持っているようにと手渡した。
「テツヤ、この服は何?」
「これは軍服です。…簡単に言うなら仕事用の制服と言ったとこでしょうか」
真っ白なワイシャツに腕を通す黒子は歯ブラシを口に突っ込んだ。
「…仕事用?」
「えぇ。すみませんが、今から仕事に行かなければいけません」
「何の仕事?」
「軍服ですから軍隊ですね。名前さんは今、この国がどうなっているか知ってますか?」
洗面所に入って来た名前は軍服用のネクタイを締めながら見下ろした。
「ご主人様が奴隷制度の廃止って言ってました。それから、……契約者の制圧とか」
黒子の表情が硬くなる。
「………まぁ、そんな感じですね。ちなみに奴隷制度はボクも反対です。しかし、国の偉い人が中々頷いてくれないんですよね」
「ご主人様は奴隷制度が無くなったら身分の差が分からなくなるだろうと言ってました」
それで黒子の表情が和らいだが、今度は盛大な溜め息がでた。
「自分を高めるためにそんなこと言う人もいるんですね」
「それから、契約者って何ですか?」
名前は首を傾げ、黒子の脱ぎ捨てたズボンやカッターシャツを拾い、ネクタイはシワにならないようにハンガーに掛けた。
「契約者ですか。この国は王政です。王族がこの国を支配していますからね。そしてこの国を守る役目を果たしているのは軍隊」
「…………」
「国を支えているのは過酷な労働を強いられている奴隷」
「テツヤ、質問」
ビシッと新品の未開封の歯ブラシを握った手を挙げて名前は言う。黒子は髪を整えながら『なんですか?』と答える。
「奴隷を軍隊に入れた方が手っ取り早いんじゃないですか?」
黒子が目を細めた。歯ブラシを水で洗い、コップでうがいを済ませる。
「……鋭いですね。名前さんを傷つけるかも知れませんが、この国の奴隷は王族や貴族などの娯楽に使われるおもちゃなんです」
「娯楽?」
「王族や貴族が求めるものはそれぞれ違いますが、奴隷に対して暴虐だったり、最低な方は自分の欲の処理に使います」
「…………っ」
泣きそうなくらいに顔を歪ませた名前に黒子はすぐに気がついた。向き合い、目線を合わせるように屈む。
「名前さん、この国は最低です。スラムや身分の低い国民は王族に反抗していました。そこで生まれたのが契約者。もともと一部の人間のみに使える能力でしたが。…彼等の正体は不明です。しかし、彼等は王族や貴族を自らの能力を武器に殺そうとしています」
「なら、契約者の制圧って…」
「王族や貴族が自分の身を守る為です」
すっかり黙り込んでしまった名前の手をとり、黒子はリビングへと引っ張る。
ソファに黒子の服を置いて床に体育座りで動かなくなった。
「そんな落ち込まないで下さい」
「でも…」
「大丈夫ですよ。それより、ボクの仕事について来てみませんか?」
「え?」
「喫茶店でボクの話しをしそこねましたからね」
名前は顔を上げて情けない顔をしたあとに申し訳なさそうに謝った。
「さっ、行きますよ」
***
「おっきい…、おっきいですね」
「ボクは普段オフィスでの仕事が多いですから殆どの時間を此処で過ごしてます」
建物に視線が釘付けの名前に黒子は手を繋ぎ『行きましょう』と促す。
「もしかして、朝…。私のせいで遅刻してるんじゃ…」
「おや、鋭いですね。でも家族と仕事と言われたら…」
黒子は名前の頭に手を乗せて微笑む。長い廊下に差し掛かる。
「……………テツヤは優しいね」
名前は黒子を見上げたがまた俯いて暗い顔になった。
「信じられないというような顔ですね」
「…当たり前です。テツヤは私の事を疑うこともしないし、……当然のように家族として迎え入れてくれた」
「不気味ですか?」
「不気味とまでは言いませんけど、何か…私としては不思議です。私は助けてもらった身。反抗こそはしませんが、裏切られたら私は…。………………テツヤがそんな人ではないことくらい分かっています」
「なるほど…まぁ、そりゃそうですよね。不審に思わない方が不思議です」
ピタリと黒子が止まりドアに手を掛け、名前は数歩行き過ぎてバックで黒子の横に戻る。
「むぅ」
変な声を漏らす名前。ガチャリと軽い音がしてドアが開き中へ誘導される。
「少しお話をしましょう」
部屋の中は数人の人が走り回っている。黒子は構うことなくすぐ隣の客間に入った。
客間には重たそうな机と大きなソファが設置されており、黒子と名前は向かい合うようにして座る。
「少し長くなります。良いですか?」
「うん」
「では遠慮無く」
黒子は目を伏せて語り出した。
「ボクは小さな街で生まれ、普通に暮らしていました。しかしボクの両親は何者かによって殺されました」
名前は黒子の事をずっと見たまま微動だにしない。
「目の前で殺されたのでハッキリその時の事を覚えています。ボクはその時、怖くて堪りませんでした。何とか武器を片手に立ち向かおうとしましたが虚しく脇腹を切られた終わりました。ボクは当時、8歳です」
黒子の目線は今度は名前を捕らえる。名前はじっと黒子の話しに夢中なようでしっかりと見つめ直してきた。
「それから5年。ボクが13歳になったころ、5人の友達が出来ました。スラムの暮らしと同じような暮らしをしていて惨めだったボクに希望をくれた人達です。同じような境遇の子供を集めているようでした。ボクも彼等に手を引かれ藁をも掴む思いですがりました。結果としてはボクが裏切ったんですけどね」
「裏切ったんですか…?」
「はい。少し事件がありまして。この左目に眼帯をつけるようになったのもこの事件がきっかけです。彼等と離れた後、凄く後悔しました。家族同然に暮らしてきた彼等と別れてボクは寂しかったんです。それからずっとボクは心に穴が空いたような気持ちで今まで過ごしてきました。今の暮らしになるまで必死の努力をして此処まで来ました。しかし、やっぱり寂しいんです。そんな時出会ったのが名前さんだったんです」
「だから、私を家族に?」
「はい。笑えますよね。自分が寂しかったからだなんて」
黒子の苦笑いは悲しそうだった。名前は思わずソファを飛び降り黒子の元へ駆け寄り、泣きながら俯いた。
「ごめんなさい……」
「え?」
驚く黒子はオドオドする。
「テツヤのこと…疑ってごめんなさい!!」
ガバッと抱き着いてきた名前は更に続けた。
「私、テツヤが寂しくないように、ずっと傍にいる!」
そのときガチャっと、客間のドアが開いた。
「「あ」」
声を上げたのは黒子と部屋に入ってきた部下だった。突如部屋に入って来た部下と、突如現れた上司に二人して目を丸くする。
しくしく泣き続ける名前はドアが開いたことすら気がついていない。
「今、感動のシーンなんですよ?」
「た、隊長…。いつの間に」
「というか、ボクが来たこと気がつかなかったんですか?」
「…………失礼しました」
部下は出ていく。やっとドアが開いたことに気がついた名前は顔をあげた。
「テツヤ…、さっきの人誰ですか?」
やっと泣き止んだ名前は黒子から離れて聞く。
「ボクの部下です」
「ぶか?」
「ボクの仕事を手伝ってくれるんですよ。とても頼もしい人達です。もしボクが大切な書類の期限を忘れていても、やりたくない仕事も任せちゃえば言われた通りにやってくれるんですよ」
「それって良いの?特に後半」
「部下は存分に使わなければ勿体ないです!!」
「そうなんですか」
「というわけでボクは仕事に行きますから、大人しく待っていてください。この部屋は好きに使って良いので」
「はい…」
頭を撫で、黒子は客間を出る。名前の目線が背中に突き刺さり何とも出づらい。
(後で、読み書きの本でも持ってきましょうかね…)
***
「隊長!遅刻するなら電話してくださいって言ってるじゃないですか!!」
「そう怒らないでください。ボクは新しい家族に心を踊らせているんです。あと隊長って呼ばないでください」
このオフィスに今は煩い部下が一人いた。
ぎゃーぎゃーと喚き散らす部下の言葉を流す。
「そういうことではないんですよ!!心配したんですからね!隊長!」
「…それはスミマセン。以後、気をつけますね。隊長って呼ばないでください」
しれっと答えた黒子に何を言っても無駄だと判断したのか何も言わなくなった。
「それで?誰なんです?あの子供は。隊長が知らない女の人に孕ませたりしてない事を願います」
「後半、ボクを何だと思ってるんですか。彼女は名前さんと言ってボクの家族です」
「やっぱ孕ませたんだ…」
「違います。貴方はボクを悪人にしたいんですか。名前さんは昨日まで奴隷でしたがボクが引き取ったんですよ」
部下は胸を撫で下ろしたような反応をして黒子を見た。
「なら、良かったです」
「……………。そこで、」
「まだ何かあるんですか」
「文字の読み書きの本を何冊か買ってきてください」
「はい?」
「早く。GO!10分以内!名前さんが退屈しています」
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