■ 35-end world:3-
紫原は退院の準備を進める。赤司から手紙が来たのが三日前。
「ムッくん、無理しないでね」
「ももちん、平気だよ」
ももちん、というのはこの病院の看護師。本名は桃井さつき。
半年ほど世話になった病院を離れるのは名残惜しいが、仕方ない。
「…私もこの病院から出て行かないとなぁ」
桃井は遠い目でポニーテールにしていた髪をサラリと下ろした。
「俺で最後だもんね。匿ってくれてありがとう」
「ううん。…それじゃあ、気をつけてね」
桃井が出て行った。病室を見回して、桃井の背中を目線で追い掛けた。
「気をつけて…、か」
Act35 end world:3.
窓から入った風で埃が舞い上がり、綺麗に整頓されていたはずの病室は、いつのまにか荒れ、まるで廃屋のようだった。
「ももちんは見えるのに黄瀬ちんとミドチンは見えないのは残念だなぁ」
紫原は荷物を持ち上げ、病室を出た。この病院は今から40年前に建てられ、今や無人である。つまり桃井は、
「綺麗なオバケだったなぁ。ももちん」
***
赤司は懐かしい家に入り、持ち込んだ椅子に座っていた。
「テツヤも皮肉だな…」
名前のことを、ちゃんと覚えていたのかと思うと嬉しかったが微妙な心境だ。
名前はいつだったか姿を消した。子供だというのに精神は壊れ、記憶を火事のショックで無くし、赤い髪はストレスで子供白髪に変わっていった。
スラムで消えたならば絶望的。黒子と何日も探しつづけた。しかし見つかることもなく2年が過ぎ青峰や緑間、紫原と出会う。そして最後にやって来たのは黄瀬。
黒子は名前を見つけたときどう思ったのだろう。
赤司は名前と同じ能力で、火事の起こったあの日のように指の先で小さな炎で遊ぶ。
「涼太、真太郎、そっちに行くよ…。僕たちは仲間だよね?だからまた、昔みたいに遊ぼう」
指から小さな炎がこぼれ落ち部屋に広がる。二度目の火事で恐らく屋敷は崩壊するだろう。
赤司は目を閉じた。
名前に会えたなら人を殺す意味などない。
「よぉ。赤司、」
懐かしい声がした。目を開ければ炎の先には青峰がいた。
「やぁ、大輝。その様子からして死んだのかい?」
「まぁな。テツが意外と強くて、隙をとられてあっという間だったぜ…」
青峰は苦笑いをした。
「知っている。薄々僕も感づいてたんだ。テツヤが一人目だということに」
青峰は知っていたのかと言って赤司を食い入る様に見つめた。
「多分、気がついて無かったのは大輝だけだよ。涼太も真太郎も感づいていたからね」
「マジか」
「マジだよ」
青峰は頭をガシガシと掻きむしり、そっぽを向いた。
「まぁ、良いか。あのガキには紫原が味方についてんだろ?」
「ガキじゃない。名前だ。でもテツヤもいる。どうなるんだろうね」
赤司はクスクスと子供ぽっく笑う。童心にかえったように。
「見届けるのは幽霊でか…。俺は昔みたいに遊べたらって思ってたんだけどよ」
青峰も昔のように笑顔になる。
「僕は妹に会えたらって思っていたよ。随分と名前と話すのが楽しくて寄り道してしまったね…」
「赤司は願いを叶える前に叶ったから良いよな」
青峰は口を尖らす。
足元が熱くなってきた。そろそろ自分の死が近付いている。
「そんなこと無いさ、いずれ大輝の願いも僕の二つ目の願いも名前が叶えてくれる」
赤司は優しく微笑んだ。少し昔より大人びた顔は歪み、涙を零した。
「なんで分かる?第一、名前だっけ?……は俺に会ったこともねえ、話したこともないんだぞ?」
赤司は目をつむる。そのせいで涙がまた、溢れる。
「双子の兄妹が考えることは同じだよ…」
「双子ォ!?同い年かよ!?」
赤司は、すぅっと深呼吸をして黙る。
「…………」
「…赤司?」
「大輝、僕が死んだあと西町の軍用の墓場で合流しよう。誰が勝つかは僕は知っている」
青峰が怪訝そうな顔をする。
「何でもお見通しってか…」
「あぁ。だから一緒に待とう。その時まで。涼太と真太郎もいる」
青峰は頷き、広がる炎を見つめた。
「…………赤司」
「なんだい?」
「俺さ…、先行ってる」
「うん。いってらっしゃい」
青峰が消えた気がした。目をつむっているから分からないが、そんな気がする。
「…兄妹揃って霊感持ち。なんか複雑だね。…覚えているかい?名前。屋敷の前にある湖で星を見ながら世界線の話をしたのを」
ここはα線。いつか、連れていってくれるよね?β線へ。
敦から僕の本を受け取ったと思うんだ。
ほら、表紙にAKASHIって書いてあっただろう?難しい漢字だらけで名前が辞書を引いていただろう?
僕より辞書を引くのが早かったよね。
あぁ、今日は綺麗な星が見えるね。
どんなに否定されても、僕は名前を愛しているよ。また、会おう。β線の向こうで。
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