■ 02

「あの店に入りましょう」

 黒子が指差した店は喫茶店。名前は少し不安になる。何の店かも分からぬまま、ついていく。

「この店はいったい・・・?」

「軽くご飯を食べたい時は喫茶店という所に入れば良いんですよ」

 ドアを開き黒子はカウンター席に名前を促す。喫茶店の中を見渡すと、朝の穏やかな空気に包まれ、朝刊をめくる音や、コーヒーのいい香り、ラジオから流れるニュースが平凡さを醸し出していた。

「……………」

「何が食べたいですか?」

「…………あの、テツヤ」

 しばらく、周りを眺めていた名前は黒子に向かい不安そうに聞いた。

「どうかしましたか?」

「私、文字とか読めないし、どれも食べたことない…」

 そう。名前にはどれも読み込めない状況にあった。入手できる情報は、ラジオのかすれた音声だけである。しかし、ラジオからメニューが読み上げられるわけでもない。

「…………あ、そうだったんですか。すみません」

 ションボリとする名前を撫でて店員に何やら注文する。

「ごめんなさい」

「いえ。ボクがいつも頼んでるのを注文しましたから多分大丈夫ですよ」

 優しく微笑みかける黒子に名前は小さく頷いた。




Act02







「そういえば、昨日は何があったんですか?」

 黒子は伸びをしながら名前に話題を作る。黒子としてはもっと明るい話題が良かったのだが、名前をもっと知らなければ、これからやっていけない。

「………自由が欲しかったの。だからご主人様の家から逃げたの…」

「そうですか。自由はボクら人間の権利ですからね」

「それから、私の人生があんな人達に一生縛られるなんて堪えられない」

 忌ま忌ましいと名前は拳を握る。その小さく細い指がわなわなと震えていた。黒子はそれを見ていたが、一拍おいてまた質問をした。

「なら名前さんは自分の家族を覚えてますか?」

「全然。私には小さい頃の記憶がないから…」

 即答した名前の目に憂いは微塵も無い。
 運ばれてきた紅茶に砂糖を入れ、名前も見様見真似で砂糖を入れた。

「記憶がない?まぁ、よくある話ですが」

「覚えてるのは小さな村と大きなお屋敷。それから、火…炎」

 今度はミルクを入れはじめ、また名前もミルクを入れる。

「村とお屋敷に炎?」

「いつ頃って言われたら答えようがないですけど、私には物凄く古い記憶です」

 黒子は紅茶を啜る。名前も真似して啜るが、ズッと音をたて、唇に強烈な熱さを感じ肩が跳ね上がった。

「あづっ!!」

「あ、熱いんで気をつけてくださいね」

 もう今更である。黒子を睨むと、悪かったといいたげな顔になる。
 今度はトーストが運ばれ、黒子はトーストの端にかぶりつく。
 サクサクと音をたてて名前もトーストをかじる。
 暗くなった話題を変えようと名前はポツリと呟いた。

「ちなみに余談ですけど私、外が見たかったんです』

「外?」

「はい。何故か外に出たくてたまらなかたんです」

 黒子はトーストをかじるのをやめて、空虚を見つめて、しばらく固まるが、首を傾げただけで、それ以外は何もなかった。

「うーん。何か、分かんないですね」

 スクランブルエッグを食べながら黒子は首を傾げた。名前はトーストを食べるのに夢中で未だにサクサクと食べている。

 「冷静になって考えれば、私も私のことが分からないので複雑です』

「でしょうね。ボクなら自殺するかもしれません。堪えられませんもん」

「…そうなんですか」

 トーストを食べ終えスクランブルエッグを食べはじめる名前。黒子はそんな名前の口の端に付いているパンのカスを指で払う。

「今度はボクの話をしましょう。名前さんばかり話してもらっては嫌でしょう?」

 優しげな瞳は揺らめきながらも、名前を見つめている。
 彼は底無しのやさ、しさがあるのだろうか。

「私を物取りとか、…そういう類だと思わないんですか? 

「愚問です。名前さんはそんなことしたことないでしょう」

 即答だった。黒子は紅茶を啜り、目を細めた。

「何でそう思うんですか?」

「分かりませんか?名前さんはボクと出会った時点でもう動く事は出来ませんでした」

「否定はしません」

「ただの物取りなら、外を出歩き盗みなどはお手の物でしょうね。しかし名前は女の子だというのに三角巾もエプロンすら分からない」

「……………」

「もともと外へ出歩いたことがあるのなら街まで行ったことはあるはずです。その時、多少なりとも自分の服装を気にするでしょうから」

 黙って黒子の見解を聞いていた名前が、ふっと緊張を解いた。
 疑う余地もないと言い張る黒子が訝しい。それでも言い返す言葉が見つからなかった。

「…凄い。テツヤは頭が良いんですね」

「少し考えれば分かりますよ。それから、朝起きてからボサボサの頭で出歩く女の子なんて居ませんからね」

「………すみません」

 名前は顔を赤くして俯く。いつの間にか名前は食べ終えており、黒子は残りのトーストを口に突っ込んだ。

「役所に行く前に美容院に行きましょう」

「びよーいん?」

「はい。髪を綺麗にしてくれる場所です」

「テツヤの髪もびよーいんで綺麗にしてるんですか?」

 次から次へと疑問が溢れた。名前には未知の世界であるが、それは逆に世界を知るチャンスでもある。

「ボクは自分で適当に切ってます。ボクはそこまでヘアスタイルは気にしてないので」

「綺麗な髪してるのに?」

「ボクの友達の方が綺麗ですよ」

「これ以上綺麗な髪なんて想像できないよ…」

「それは、ありがとうございます。そろそろ出ましょうか」

 黒子は財布から丁度二人分、お金を出して店を出た。
腕時計を見て数件隣の美容院に入る。名前の髪を見て黒子は少し考えた。

「どうしたんですか?」

「……、名前さんはどんな髪型が似合うかなと…」

「私の髪なんてほっといたら良いんですよ!!」

「いや、それだとボクが不都合に…。その……、虐待と思われたら困りますから」

「あ…、いや。その…」

 流石に言い返す言葉がなくなり大人しく黒子の決断を待つことにする。

「その髪の色は…」

「あ、いわゆる白髪ですね。その、しら…がではないですよ」

 銀色かと思えばそうでは無いらしい。本人曰く白色。つまり、はくはつ。変換すれば白髪。読みは"しらが"ではなく"はくはつ"らしい。

「わかってます。少し不思議な色合いだったので…。白髪とはここら辺では珍しいので」

 名前の太股まで伸びた髪を見て黒子は取り敢えず店員にお任せを頼んでみる。店員も一瞬ギョッとしたあとに店内に連れ込んだ。

「そりゃ驚きますよねぇ」

 黒子は呟き、笑いながらベンチに座って待つ。そこら辺の新聞をチラリと見て、テレビのニュースを見る。
 テレビでは奴隷制度の廃止を訴える話しで持ち切りである。





***





「大分スッキリしましたね」

「はい。私の髪がこんなになるなんて…」

 肩まで切られた髪を名前は不思議そうに眺めた。

「このまま、役所に行きましょう。家族構成として義理の兄妹にしようと思うのですが、ここで一つ問題が…」

「問題?なんですか?」

「歳です。名前さんは自分の歳分かります?」

「歳?大体…、…………何歳に見える?」

「ですよね。ならもう目分量で…13歳にしましょうか」

 身長はそこそこ。黒子より頭一つ分小さい。仮に同い年ならば小柄な方だろう。
 さらに幼い顔立ちが背中を押した。

「13歳…、そんなもんなのかな?テツヤは何歳なんですか?」

「ボクは16歳ですよ」

「16歳…、良いなぁ。大人っぽいです」

「あはは、16歳はまだ子供ですよ。大人でもそれは名ばかりで自分はまだまだって言う人多いですよ」

 乾いた彼らしくない笑いが、不思議である。
 しかし、それさえも大人っぽさを醸し出す要素の様な気がして名前には羨ましかった。

「そうなんですか?」

「それにボクから見たら名前さんの方が大人です。喫茶店で名前さんの話しを聞いた時、ボクよりいろいろな事を知ってるって思いましたから」

「私は、文字も読めないし、見たことないものばかりだから知ってることは全然ないよ」

 名前は俯いて、黒子の手を握る。黒子もそれに答えるかのように名前の手を握り締めた。

「モノを知っていれば物知りとは言いません。名前さんはこの国の現状を知っています。そして人の心をボクなんかよりずっと理解してます。"辛い"という感情が分からなくなるくらいに辛い生活をしたのに自分の命を持ち続け、なによりも望んだ自由を手にしました」

「どういうこと?」

 名前は黒子を見上げて聞く。

「つまり、名前さんはそこら辺の人なんかより強い。もし、ボクが名前さんの友達だったならきっと心強いと思ったでしょうね」

「……やっぱ、わかんない」

 また俯く名前に黒子は微笑み、手の力を一層強くした。

「分からなくて良いんですよ。分かったなら、名前さんらしくはないですし」

「それって遠回しに私の事を馬鹿って言ってませんか!?」

「…そこは鋭いんですね」

「いや、何というか…」

「でも、ボクは嬉しいです。正直、ボクは家族が居ないので名前さんが居てくれるだけでボクは…」

「ボクは?」

「いいえ。何でもありません」

「えー!教えてほしいです」

 言い合いながら役所に入り係員の人にうるさいと叱られたのは言うまでもない。



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