■ 24
名前が退院してから二日。黒子は散々名前を怒鳴り、人生二回目のげんこつを食らわせた。言わずもがな、緑間との戦闘についてである。
そしてリビングでは名前と向かい合うようにして座る黒子とその背後に馴染みの部下三人が立っていた。
「絶えっっっ対に、譲りません!!」
バァンッと机を叩いたのは名前の方だった。
「嫌っ!!こんなの許されるわけがないっ」
黒子も負けじと机にカップをガンッと乱暴に置いた。中の紅茶がしぶきをあげて暴れる。
「ダメと言ったらダメ何ですっ」
「何がダメなの!!私は影から支えるって決めたのっ!」
「た、隊長…落ち着いて」
「黒子サン、そうですよ」
「〜〜〜駄目ったらダメですっ!!大体名前さんは女の子です」
珍しく顔が真っ赤になりそうなくらい激怒する黒子。
負けじと名前も反論する。
「女だから何だってんのよっ!!」
「女の子だからいけないんですっ!!」
「はぁ!?男女差別よ!!自己決定権って知ってる!?やるって決めたからには私だって命を張るのよっ」
黒子が勢いよく立ち上がる。そして机を殴るかのようにたたき付ける。
「大人ぶったこと言わないでください!!親から貰った命を粗末にするようならお断りですッ!!」
次に机をバゴンと殴ったのは名前だった。既に二人の八つ当たりで机の上の書類は振動でバラバラになっていた。
「テツヤだってまだ子供じゃない!!命を粗末にしてるのはテツヤだって同じでしょ!?」
「―――――っ!?」
黒子が目を見開いて固まった。部下の三人も固まった。
Act24
「た、隊長!?」
「黒子サン!」
「何か言ってよ!!」
もはや泣きそうな名前は黒子につかみ掛かる。
「ちょ…名前ちゃん!!」
部下が止めようとした。が、それより先に黒子が手を振り上げた。
「黙ってくださいっ!!」
パンと頬を叩かれ名前は唖然とする。沈黙が訪れた。
「―――……」
「何も知らずにぬけぬけと!!ボクが命を擦り減らしてまでっ―――……………」
名前の目からは涙が溢れ俯く。黒子も何かに捕われたかのように悔しそうな顔で俯く。
「………………」
あわあわとする部下は挙動をさらに不審にさせた。名前は黒子の服を離し、フラフラと出て行った。途中、いつものバックも装備して。バタンと扉がしまったのを聞いて、大きなため息をついた。
「…………はぁ」
黒子は名前が出て行ったことを咎めなかった。というより咎めることができなかった。
「黒子サン、きっと名前ちゃんにも考えがあるんですよ」
部下三人が慰めるが黒子は俯いたまま。
「ボクが…間違ってたんでしょうか?」
「隊長…」
窓からは海の潮の匂いと雨の匂いがした。
***
「りょぉたぁああ!しんちゃああああああん!!う"わあああああああああああああんっ!!」
墓地に絶叫しながら走ってきたのは名前だった。
その声に驚きつつ、答えるように黄瀬と緑間が出て来る。二人は焦った顔で名前を迎えた。
冷静沈着ではないが、ここまで取り乱した名前は見たことがない。
「ど、どうしたんスか!?」
「どさくさに紛れて真ちゃんと呼ぶな」
ぐずぐずと泣く名前に唖然とする幽霊たち。緑間は文句を言いつつ、名前の背丈に合わせてしゃがんで頭に手を置いた。なんだかんだで、母親のようなことをする緑間を横目に黄瀬が苦笑いをした。
「あのね私、軍に入りたいの」
単刀直入に言った名前に黄瀬と緑間は固まった。
少女には似合わない職業に二人は唖然とした。
「は?」
「…………軍だと?」
「だからねテツヤにお願いしたの」
幽霊が互いに見合う。そして、出て来た時よりも焦った顔で大声をあげた。
「「…………ええええええぇぇぇぇええええええ!?」」
緑間まで、声をあげている。
「う…うるさいよぉ!!」
緑間は何故かそわそわとし始め黄瀬は名前に問い掛ける。
名前は二人が狼狽える意味はわからなかった。
「ちょ…、軍は契約者からすれば敵でバレれば殺されるっス!!」
「そんなの知ってるよ!けど、早く契約者を倒すことができるし、それにテツヤが壊れる前に始末しないと」
そこで緑間が眉間にシワを寄せた。まるで不快なものを見るような冷めた目で、見下ろしてくる。
その目が生前の緑間のようで名前の心臓がはねた。
「名前、言っておくが黒子は人を殺すことを苦痛とは思っていないのだよ」
緑間がきっぱりと言った。その言葉に迷いはないことから、あながち嘘ではないのだろう。
黙り込んだ名前を見た黄瀬は緑間と交互に見て、弱々しく緑間を呼んだ。
「ちょ…緑間っち」
「………そんなこと無いもん」
「黄瀬からキセキとシックスマンについて聞いたのだろう?黒子は赤司と並ぶ人殺しなのだよ。黒子は暗殺が得意なのだよ」
聞き慣れない単語に耳を疑う。そういえば黒子の部署は確か"軍唯一の暗殺部隊"。
いままで違和感すら感じていなかった。けれど黒子の身軽さや戦い方は、他の軍人とは違う独特の戦法も数多くあった。
銃をあまり使わない辺り、それらしさがよく滲み出ている。
「そんな…」
名前が信じられないと言うような顔で俯いた。黄瀬は誤魔化すことを諦める。
「…悲しいっスけど本当っス」
感傷的に言う黄瀬に対し、緑間ははっきりと言い放つ。
「アイツに心なんてない。昔からフラフラと出てっては血の匂いをつけて帰ってきたからな」
名前は俯いていた顔を上げた。
「だったら尚更よくない…」
「え?」
「どういうことなのだよ」
「私はもうテツヤに人殺しはさせない」
出来るかは分からないが名前にとっては人生を変えてくれた恩人なのだ。
「そんなの出来るわけ…」
黄瀬は悔しそうな顔で呟き緑間は溜め息をつく。
「涼太、死に際に言ったよね?あの日に戻れたらって。私が世界を変えるよ」
「名前っちって無謀っス…」
「同感なのだよ」
緑間が黄瀬の服を引っ張り耳打ちをする。
黄瀬は頷き、名前に向かい合った。
「一人、いい人を紹介するっス」
「…協力してくれるの?」
「未練がましいがまた昔みたいに遊べたらと思ったのだよ。名前は俺に利用されているだけなのだよ」
「緑間っち、遠回しにツンデレ発言」
***
3時過ぎに名前が出て行ったが戻って来る気配はない。
部下には悪いが帰ってもらった。契約者殲滅もまだ二人しか倒せていない。
残る三人、いや名前含めて四人は何を以って闘うのだろう。
「…ゆるせないです。………ゆるせない…」
黒子は何度も呟く。
腹立たしい気持ちは軍の上層部を潰すほど。かなり限界が来ていた。精神的に。
「ゆるさない…。絶対に…殺してやる」
黒いドロドロとした感情が渦巻く。途端に赤司の顔が浮かぶ。赤司の能力は発火。つまり炎を操るのだ。名前と同じ能力だ。
今までに赤司が能力を使ったのは一度しか見たことないが恐ろしく巧に操る様子は熟練されたプロのようだった。名前も同様。
「ゆるせない、ゆるせない…、ボクは……絶対に、ゆるさない」
一人一つの能力が二つある名前。今までに触れなかった話題だが普通ならありえない。
共通する点はテレパシーの能力にもあった。赤司にも二つ目の能力、テレパシーがあるのだ。
名前と赤司にどんな接点があるか知らないが厄介である。
「……絶対に、…ゆるさない。家族だけは……渡さない…ボクの」
一番ほしかったモノ。喉から手がでるくらいに望んだモノ。
"自分自身を愛してくれる存在"。
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