■ 23

「私は勝つ!」

「誰にっスか?」

「契約者に」

 黄瀬がケラケラ笑った。

「願いは?」

「テツヤの願いを叶える!!」

 黄瀬の表情は変わらない。

「えー、」

 病棟の中にはいろいろな人がいた。もちろん生きていない人も。
 幽霊が見えるのは霊感があるかららしい。突然、見えるようになる人もいるらしいから、おそらく名前もその仲間だ。

「しかし無茶はするな」

「わかってる!テツヤが手を下さなくても良いよう…に……………」

 名前の目線が黄瀬の後ろでさまよった。
 そして、狼狽える。名前の様子に気がついた黄瀬は振り返った。そこには懐かしい友人がいた。

「あ、緑間っち」

 黄瀬の後ろには緑間がいた。緑間がメガネのブリッジを中指で上げながら、黄瀬の隣に立つ。
 手にはやはり生前と変わらず、変なものが握られていた。

「い、いつからいたの?」

 少し驚いて名前は尋ねる。緑間はしれっとした様子で、どうどうとした佇まいをしている。

「今来たとこなのだよ」

「へぇ、気づかなかったっス」

 (笑)が語尾に付きそうなテンションに加えて要らない背景(花)を背負った黄瀬はポーズをとった。
 名前と緑間が黄瀬を黙って見たが、目線は二人とも冷たく、氷点下である。

「うわ、いま寒気がした…」

「同感なのだよ」

「ヒドッ」

 他愛ない話は他人から見れば名前が下手くそな落語をしているみたいだ。
 廊下ではそんな光景はよくあるのか無いのか…、どよめく者がいればいつものように過ごす者もいる。さすが、病院である。
 名前がベッドから下りると、顔をキリッとさせた。

「私はこれから事情聴取なのだよ」

 名前が眼鏡を押し上げる真似をすれば黄瀬は腹を抱えて笑い、緑間は怒る。

「ま、真似をするなっ!!」

「名前っち最高!!」

 そんな二人をよそに名前が病棟を出て階段を上がる。階段以外に最上階に上がる手段が欲しいとこだが生憎そんなものは無い。
 5分程かけてたどり着いたのは屋上。真っさらなシーツが風邪に煽られバタバタと暴れる。その中に人影。名前は迷わず人影に声をかけた。

「こんばんは」

 人影はくるりと振り向いて片手を上げた。

「やぁ。名前、久しぶりだね。元気だったかい?」

「あ、え?」と名前。
「な、なななななっ!?」と慌てた様子の緑間。
「えっ!?」と以外に冷静な黄瀬。
 調子外れな返答と名前たちの間抜けな声が屋上に響いた。












Act23












「おはようございます」

 オフィスはいつもより慌ただしく、黒子は遅刻をしなかった。それにはちゃんと理由がある。
 朝の眩しい光が電気を点けなくとも、オフィスを明るく照らしてくれる。

「あ、おはようございます」

 いつものように挨拶を交わす。コーヒーを持ってきた部下は黒子の机にカップを置いた。
 もくもくと湯気が立ち上る。

「軍の上層部、どうなるんでしょうねぇ」

 どうなろうが関係なさ気の黒子に部下は笑いながらいつものように接してくる。
 けれど、部下も笑って流すだけで興味はこれっぽっちもないらしい。
 

「第一発見者がそんな呑気ってのも驚きですけどねぇ」

 部下はそう言うと、笑みが他者から見えないように手で隠した。黒子にとって上層部云々はどうでも良いことを彼らは知っているからだ。

「そんなもんですよ。だってもうこの世に無いものですから」

 別に殺したことに意味はあるようで無い。とても曖昧なのだ。黒子には名前が怪しまれているということと黒子自身が上層部に探られているのが気に入らなかった。確かに勤務中だというのに名前を連れて周り、契約者の弱点をピタリと当てたりしたのはある意味怪しまれても当然だ。
 緑間のおは朝停止の案件で更に探りが深くなった。
 気に入らなければ殺せば良いと思うから殺したのだ。
 殺したことには意味はある。でも、意味なんて無い。本当に曖昧なのだ。

「隊長ー、名前ちゃんのお見舞いに行かなくて良いんですか?」

「今から行きますよ。オフィスには荷物を置きに来ただけですから」

 黒子は鞄から分厚い書類とペンケースを出し机に置いた。そして再び立ち上がると、コーヒーを一気に飲み干す。颯爽と出ていく黒子の右手が空中で×を描いた後、人差し指を立てた。
 軍、唯一の暗殺部隊は絶対の忠誠を黒子に誓っている。
 直々の部下は三人しかいないが信頼がある。他の部下は特に気にしてはいなかった。なぜなら一般兵だからだ。三人の部下は黒子が出て行ったオフィス内で頻りに目配せさせた。

「上は潰れた…」

 黒子の動作を訳した部下の笑みは消えることは無かった。










***












「じゃあ、事情聴取をはじめようか」

 ニッコリ笑う彼は頭がおかしいのだろうか。赤司は事情聴取と言っておきなが、メモもペンもない。手ぶらである。
 一体どういう了見なのだろう。

「あ、赤司さん…って軍の人…、なのかな?」

 名前は仕方なく分かり切った質問をした。それでいても赤司が軍にいてもおかしくはない気がした。

「違うね。あ、こっち座りなよ」

 ベンチに手招きされる。名前は警戒心を解放することなく、近づいた。

「は!?ちょっ、名前っち!この人に近づいちゃ危ないっス!!」

「そ、そそそうなのだよ!!」

 慌てて手を引っつかもうとする幽霊二人組の間に何かが掠る。そこで二人は避ける必要もないのに、体を翻すように身を退けた。


「!?」

「やぁ、涼太に真太郎。元気だったかい!幽霊が見えるのは名前だけじゃないから言葉には気をつけるんだよ?」

 黄瀬の(笑)はたいへんウザかったが赤司の(笑)は何故か怖かった。
 けれど、殺意は感じられず黄瀬も緑間も遠目からではあるが、名前を守るように見ていた。






「じゃあ、始めようか」

「え!?ちょ」

 有無を言わせずに赤司は名前をベンチに座らせると自らも座りハサミを胸ポケットから取り出しシャキシャキと音をたてた。
 どれだけ凶器を持ち歩いているのだろう。

「君の知りたいことはなんだい?」

 事情聴取ではなく知りたいこと。赤司の問いは何とも的外れである。
 語彙の差もほどほどにしていただきたい。

「私は…、」

「………」

「…テツヤについて知りたい。前に涼太が言っていたけどテツヤは契約者じゃないって話は本当?」

 黄瀬がビクッと震えて緑間の後ろに隠れる。
 緑間は黄瀬に驚いて暴れる。そんなに赤司が怖いのだろうか。

「テツヤは契約者……なのかは、わからないよ」

 またしても検討違いの回答だ。

「はぁ…」

 思わず生返事をしてしまう。じゃあ聞かなければよかった。

「でもねミスディレクションとかは出来るよ。僕も数回しか見たことないけど視界からテツヤの姿が消えてしまう技なんだ」

「それこそ契約者の能力だったら?」

 ミスディレクションなんて聞いたことはないが強そうだ。けれど、視界から消えたところで問題はそこからさきである。
 人によっては使い勝手が悪そうな技だ。もし、仲間の視界から消えたらどうするのか。

「あー…、確かミスディレって視線誘導のっスよね?」

 何気に地面に座って黄瀬が赤司を見上げた。その目に恐怖心はないようだ。

「手品の一種と言っても過言ではないのだよ」

 緑間は眼鏡を押し上げる。結局、考察に入ってしまった。名前も情報が手に入るのだから文句はない。

「いや、手品からきた技だよ。真太郎は察しがいいね」

「手品?」

 赤司はハサミを空にかざし天を仰ぐ。青く晴れ渡った空に目を細めて、赤司は頭の中でまとめた。

「結論としてただのテツヤなりの戦法だよ。能力ではないよ。…たぶん」

「たぶん、ねぇ…」

 曖昧すぎる。しかしそう思っておくのも悪くない。そう思わせてほしい。だからか名前は赤司の結論に異議は無かった。

「そうは言うがね、涼太も真太郎もどうなんだい?情でも移ったかい?」

 赤司がハサミを下ろし足を組む。そして真っ直ぐに黄瀬と緑間を見据えた。
 こんどこそ、冷たい目線で射抜く。

「違うっス。ただ悲しませたくないだけっスよ」

「…何の話?」

「無論、情が移るなんて有り得ないのだよ。いずれ言わなくても知る話だ。本来なら黄瀬との接戦で気がつくべきだろう!!」

 ポカッと緑間に頭を小突かれ名前は反動で俯く。名前が涙目で緑間を睨みあげた。

「くそう…。幽霊のくせに物質に触れるとか生意気な…」

 赤司は嘲笑うかのようにフンッと鳴らす。そしてハサミをしまった。

「バカバカしい…。しっかり情が移ってるじゃないか。ねぇ?名前、」

「私に言われてもわからないよ」

 頭をさすりながら名前は赤司を見上げた。

「…そうだったね。悪かったよ。でも周りの情報に騙されてはいけない。嘘を見分けないと」

「よく言えるっスよね」

「同感なのだよ」

 名前は話が解らないなりに考える。
彼らは一体何が言いたいのだろうか。

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