■ 21
夜、名前が寝静まった頃黒子はリビングの窓の外を見た。
最近全然寝ていないせいか、カフェインを飲んで眠気覚ましをするようになった。まだジンジンと痛む耳にはガーゼが張り付いている。ガーゼの下にはファーストピアスが付いていた。名前の耳にも黒子のピアスの片割れが付いている。
しかし黒子にはまだ引っ掛かるところがあった。名前だって女の子なのだからお洒落をしたいのは分かる。だが名前が持っていたピアスは確かに、
(黄瀬くんのピアス…)
黄瀬が付けていたピアスそっくりなのだ。しかも名前が黄瀬を"涼太"と呼ぶのもおかしい。つい先日の作戦会議ではフルネームで呼んでいたはずだった。
書類には目もくれず黒子の目線は絶えず窓の外。
今日は青峰に会ってきた。昔のように出迎えた彼は黒子を敵視しなかった。お互いの暗黙の了解のような感じである。
"企んでる"
青峰はそう言った。誰が何を企んでいるかは知らないが、あまり良い話ではなかった。緑間もおは朝が明日も無くなるなんて思ってもないだろうが実際、放送禁止令を機密に出している。
"テツ、お前も何を企んでいるんだ?"
契約者としてあまり闘おうとしない青峰は昔と変わらぬスラム街で言った。
無論、黒子はこう答えた。
"ボクが?ありえませんよ。影に出来ることは少ししかないですよ"
青峰は苦笑いをした。
"嘘つけ…、いつか後ろから殺されそうな気がしてたまんねぇよ"
なァ?と言った青峰は地面の石を弄んでいた。
「全く心外ですね…」
コーヒーを啜って脳内でリピートされる青峰の声。
"俺もいつかはテツに殺されんのか。かつては暗殺の殺人鬼だったお前に"
黒子は少し笑ってペンを握った。まるで予言のような言葉が頭でリピートされた。たしかにそんな日がいつかは来るかもしれない。
「(人の怨みとは怖いんですよ。青峰くん。ボクはこの世界を許さない)」
Act21
***
早朝、たたき起こされた名前。まだ時計は3時を指している。重たい体を起こして顔を洗い、髪を整える。
一体なんなのかと思えば、黒子が真剣な顔で言った。
「今日からまた一緒に行動してください」
朝一で黒子はそう言った。名前は頷いて目玉焼きをかじる。こんな時間から契約者を狩りに行くのか。
ハードな一日になりそうだ。
「あー…、ねむ」
牛乳を飲み干して名前は新しく買った服を着る。
ガーゼは黒子も名前も外しており、血は止まっていた。黒子が横目で名前の耳を見る。お揃いのピアスと黄瀬のにそっくりなピアスが仲良く並んでいる。
もやもやする気持ちを押さえつけて、話題をだした。
「今日は緑間くんから来そうな気がしますからダウジングで家を突き止められる可能性が…」
「ダウジング?インチキでしょ。あんなの」
興味なさげの名前は、いつものショルダーバッグを肩から提げて鏡の前でクルクル回る。
なかなかに似合っている。黒子の見たてはいいらしい。
「"人事を尽くして天命を待つ。天は人間を見捨てん!!"…が彼の口癖です」
「…電波」
つまるところ緑間なら本当に、ダウジングで家を本気で突き止めかねないのだ。
その様子を想像したのか名前は鳥肌をたてた。
「解ったら家を出ますよ」
黒子は紅茶を飲み干してガタっと立ち上がり軍服に腕を通し更にコートを着る。
「はぁい」
名前は黒子と手を繋ぎ、外へ出た。
「さて今日はそこら辺をブラブラしましょうか」
「え?」
名前は先日の作戦会議にて黒子が1時間も悩んだ末に出した結論が毎朝ラジオで配信される昔からやっているおは朝占いの配信停止だった。
それ以外は何も作戦をたてていないのである。
そのことを思い出し、少し心配になる。
「緑間くんは重度のおは朝信者です」
「おは朝崇拝病…」
「イケてますよ。それ」
ぷくくっと笑う黒子は名前を見た。と同時に黒子の頭に衝撃が伝う。
ポコッと軽い音がして黒子は自らの頭をさすった。
「テツヤ大丈夫?」
「いたいです」
黒子の視線の先には、足元に転がるカラーボール。名前はそれを拾い上げた。
「ボー「黒子!きっさまああああああぁぁぁぁああ!!」
朝からつんざく絶叫。名前の言葉を遮ったのは緑間だった。まだ家が近いというのに、なんてざまだろう。けれど名前も黒子も堂々と、また呑気であった。
「あ、緑間さん。おはようございます」
「緑間くん、近所迷惑ですよ…。あと痛いです。物は投げたらいけないと習いませんでしたか?」
黒子の注意も虚しく、緑間の両手には針がねが握られている。名前はそれを見て、身の毛がよだった。
「(まじてダウジング…!)」
「黒子兄妹!貴様らおは朝に何をした!?」
黒子は呆れ顔で『配信禁止令を出しました』と言った。紳士のように、上品な佇まいで、緑間を見据える。
「それがなにか?」
黒子の瞳は優しそうに見える目が光っていた。けれど、その本性は黒く渦巻いていることを誰も知らない。
名前が黒子の様子と緑間の間合いと会話の節目を見て、決心をする。そして怒鳴りつけるように言った。
「テツヤ、下がって!!」
名前はサッと構えて緑間の前に立ち塞がる。黒子は作戦にも事前の打ち合わせにも無かった行動に戸惑うだけだった。
何をする気だと考える間も無く、名前は緑町と対峙した。
「名前さん!?」
「私が緑間さんを殺る!!」
その言葉を最後に名前は黒子を突き飛ばし、緑間に立ち向かった。
敵うはずがない。前回の名前と緑間の様子からして、精神には何らかの恐怖があるはずだ。そんなこと、簡単に分かる。
名前が恐怖に怯んでしまえば、隙ができてあっという間にやられてしまう。
「名前さんっ!!だめだっ!!」
黒子も名前を追い掛ける。けれど、スピードでは緑間のほうが早かった。黒子よりも大きな体格とは思えない速さで能力を使った。
誰かの家の箒が凶器となり空中を切り裂く。緑間特有の遠隔操作。キセキではショットの名で通っていた。
「無駄なのだよ!!」
「……!?」
名前が接近したと同時に飛んできた箒を防ぐのは不可能に近かった。黒子がナイフを飛ばしても、契約者の能力を纏ったそれには劣ってしまう。
虚しくもザクッと名前の肩に刺さった。
「名前さんっ」
黒子が近付こうとすると名前は絶叫した。まだ少女の目は諦めていなかった。そして、名前の絶叫とともに空気が圧縮されていくのを感じ、黒子は思わず身を引いた。
「テツヤっ!来ちゃダメえええええぇっ!!!!」
途端、熱風が巻き起こり目の前が真っ赤に染まった。身を引いていなければ、熱風に巻き込まれていただろう。
朝日が昇りはじめた頃、街の大きな道で大爆発が起きた。その中心には名前と緑間。
そして、一人唖然と黒子はその光景を見ていた。
「は…、名前…さん?」
黒子は炎々と燃え上がる炎を見つめながらポケットに手を突っ込んだ。最近普及したばかりの携帯を取り出し、軍部に電話をかける。
「…おはようございます。黒子です。契約者を……確、保しました…」
長たらしい軍部の名前と階級を言うのすら忘れて黒子は言い放った。
ピッと切られた携帯はまたポケットにしまわれる。目からは大粒の涙が溢れた。
「……だから嫌いなんです。この…………世界が」
***
[お前は馬鹿なのだよ]
「…緑間さんだって重度のおは朝崇拝病じゃない」
それと馬鹿は違うとバッサリ切られる。二人は真っ白な空間にいた。ここが何処かはわからなかった。けれど、天国か地獄がのどちらかだと名前は思っている。
[どういう意味なのだよ]
はぁと溜め息を付いた緑間。
「ねぇ、緑間さん。私たち死んだの?」
[俺はあの爆発で死んだ。即死だったのだよ]
「そう…」
[しかしお前はまだ死んでいない]
名前は目を丸くした。
[お前のピアス、黄瀬のだろう?]
「そうだけど…」
[そのピアスには俺が昔、まじないを掛けたのだよ。また無事に帰って来られるようにと…]
思い出したのはキセキの話。
[あの時、………黄瀬があまりに不安そうな顔をしたからな]
「緑間さ…」
[お前は帰れ]
空間は吸い込まれるように消えて、緑間も霧散していた。名前は暗闇に取り残され、途端にさみしくなる。
「緑間さん!?」
名前は突如真っ暗になった空間を見渡した。
「緑間さん!どこにいるの!!」
泣きたかった。寂しくて不安だった。
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