■ 18

「ところで名前さん」

 ズイッと乗り出す黒子。名前は拍子抜けして少しのけぞった。黒子の丸い瞳が無表情で名前を捉える。

「な、なに?」

「作戦会議です」

 名前は緑間との会話について問われるのかと思い身構えたがそうではなかったことに安堵する。
 メモを取り出した黒子はボールペンを二本取り出し一本を名前に渡す。

「あー…」

「影から支えてくれるのでしょう?」

「うん」

 黒子は決行日と思われる日を書いた。

「名前さんが普通の子ではありませんが信頼が置ける人物です。普通ならこんな危険なことを頼みません」

 普通じゃないのは元からかもしれない。けれどお互いに秘密を持つ身。さらに恩人である黒子の頼みなら名前は断ることなんで到底できなかった。

「うん」

「ボクには君の力が必要です」

 その言葉に心を踊らせた。黒子が名前を頼ってくれているだけで嬉しい。それが虚言だろうが戯言だろうが、名前には嬉しいことだった。奴隷としてしか必要とされなかった自分が大切だと思える人に求められている。それだけで名前には生き甲斐が芽生えるのだった。

「大丈夫だよ」

「そうですか」












Act18












 作戦会議が始まって約1時間が経過した。黒子は相変わらず緑間をおびき寄せることを考えていた。ここまでお互いに無言になっていた。それは考えているうちにそうなってしまっただけで、意見が分かれてしまっただとかそういうことではない。

「………」

 名前は名前で別の紙に近状をまとめている。しかし作戦会議のとは関係があるようで無いもの。

 内容はこうだ。

━━━━━━━━━━━━

あかしせいじゅうろう

知人?
 ↓
テツヤ←友達?━黄瀬涼太
   ↑   ↑┃
   知人  知ってる
   ↓   ┃↓
    みどりま


━━━━━━━━━━━━

 という感じだ。緑間と赤司が平仮名なのは漢字が分からないからである。そこらへんは許していただきたい。

「むぅ…。意味がわからん」

 黒子が闘う相手は何かしら知り合いが多い気がする。黄瀬の時が良い例だ。
 黄瀬は黒子と親しい仲だったのか"黒子っち"と呼んでいた。黒子も久しい喧嘩友達に会ったような反応だがそこまで黄瀬を毛嫌いしているようには見えない。
 緑間とのこともそうだが赤司はどうなのだろう。そこはかとなく疑問が溢れる。
 赤司が一方的に黒子を知っているのか、はたまたストーカーと呼ばれる類なのかは不明だが、とにかく互いに知人の可能性が高かった。
 黒子が顔を上げたことにつられて名前も顔を上げた。

「あ、おは朝の配信をとめましょう」

 ポンと手を合わせる黒子は誰かに電話をし始める。最近は携帯というものが普及し始め、図書館以来だれもが持つ代物になった。 名前は黒子にばれないように続きを書く。

━━━━━━━━━━━━

テツヤ⇒human
黄瀬涼太⇒契約者(コピー機)
あかしせいじゅうろう⇒謎
みどりましんたろう⇒契約者(しょっとがん?)


━━━━━━━━━━━━

 ますます不明だ。黄瀬はもともと人の真似をするのが得意だったらしいが、赤司に果たしてストーカーという類なのか、緑間は指からショットガンの弾でもでるのかは微妙だが、一度闘わないと分からない。それなら緑間に意図的に接触を試みてから、本番を迎えたほうがいくらかましになるだろうか。
 しかし、それが一筋縄ではない事が黄瀬の時でよく分かっている。いくら初戦だったとはいえ、名前には辛い一戦だったのだ。

「契約者の……殺し合い…………願い事…」

 以前、赤司は言っていた事を思い出す。契約者は殺し合い、最後まで生き残ると願いが叶うと。しかし願いを叶えるには対価が必要だということ。
 黒子がちょうど通話を切り嬉しそうな顔でメモに"おは朝停止"と書かれた。

「勝算が少し見えてきましたね」

 黒子が名前に言った。名前はメモを隠すようにバックに突っ込んだ。それにしても、おは朝を配信するのをやめたところで何が起こるのだろう。

「本当に?私でも勝てるかな」

「勝てます。ボクらは強いですから」

 本当のところ、名前は心持ち不安なのだ。いつ死ぬかも分からないこの状況。見えぬ黒子と他の者の関係。契約者の謎。それだけで頭が混乱している。

「でも契約者を殺さなきゃいけないんでしょ?緑間さんを…」

 緑間は名前に大切なことを教えてくれた。ちょっと変わっていたが根は優しいのではないかと思う。

「名前さんは致命傷を負わせるだけで良いです。殺すのはボクの役目ですから」

 本当に恐ろしい事を言う黒子に名前は驚いた。

「でも黄瀬涼太を殺したときテツヤ、悲しそうだった!緑間さんとだって知り合いなんでしょ!?だったら私が……!」

 自分が手を下すのか、と思った。そんなことは到底できない。それでも、名前は自分がやらなくてはならないと思った。

「名前さんは気にしないでください」

 おおらかに笑う黒子からは表情をうまく読み取ることが出来なかった。
 いつか黒子が壊れてしまう気がして名前は悲しくなる。
 黒子のことは全然知らないのに何を言っているんだと言い聞かせた。

「ごめん…」












***














 確信は無いがもしかすると契約者と黒子は知り合いが多いのかもしれない。名前はそう思った。
 今日から作戦を開始するらしい。
 黒子から貰ったメモをバックから取り出す。
 緑間くんを精神からボコボコにする方法と書かれた紙は"おは朝停止"とだけ書かれている。
 本当に大丈夫なのだろうか。今日は黒子がいない。用事があると朝早くから出て行った。名前は取り敢えず、帽子を被り顔を隠しながら外に出た。
 万が一、契約者に会ったら大変なことになる。
 最近黒子から貰ったお小遣。女の子ならメイクなどしてみたいでしょうと言って何千円かくれたのだ。
 計算がまだ苦手なこともあり一石二鳥。
 さっそくメイクのセットを買ってみたは良いが使い方が分からない。小物も買ってみたがバレッタもヘアピンもヘアゴムすら知らない名前にとって未知のモノである。
 それらが入った黒子のお下がりのバックに詰めてある場所へ向かった。
 ある場所と言っても普通の墓場だが、とても大切なことである。黄瀬の墓参りに行くのだ。












***












 ついたは良いが黄瀬涼太の墓がどれなのか分からない。道中で買った花を抱えて、さ迷い歩く。そこであるものに目が留まった。

「………?」

 向こう側にある墓の一つ。墓石の上の人影。ぼやけててよく見えないが仏に対して失礼ではないかと思った。

「………う」

 注意したほうが良いのかは分からないが近づいてみる。
 ぼやけた人影はだんだんはっきり見えるようになり透けているのが分かった。そして結論にたどり着く。

「き、黄瀬涼太…」

 墓石には黄瀬涼太と書かれていた。その上に乗っかる金髪の青年。

「あ、どもっス」

 爽やかな笑顔で片手を上げた。

「のオバケぇぇええ!?」

 思わず後退り尻餅をつく。わなわなと名前の顔は振るえ黄瀬涼太の形をしたものを指差した。

「見えてるんスか?」

 ははっと笑うが名前にはおっかなびっくりである。

「み、みみみ見えてるも何も……!?」

 黄瀬涼太はパッと墓石から下りて名前を見下ろす。

「その花、俺に?」

 黄瀬涼太の墓に供える花を差し出してコクコクと頷く。幻覚を見ているなら帰りたかった。
 花を受け取る黄瀬涼太は嬉しそうな面持ちである。

「ありがとうっス!敵で死んだ奴なんかに花を供えに来るとか変わってるっスね」

「ほ…、ホンモノ!?」

 黄瀬涼太は墓の前に花を供えて振り返る。

「ホンモノっスよ!!ただし幽霊だけどね」

 あり得ないものを目にして名前は固まった。

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