■ 17

 エメラルドグリーンの瞳は一瞬空中をさ迷ったあとにチラリと名前を捕らえる。その瞳には小さな焦りと、驚きが入り混じっていた。

「く、黒子とはどういう関係なのだ?」

 名前は小さく息を吐く。彼がそんな反応を見せる理由が分からない。

「…兄妹。私はテツヤの義理の妹だよ」

 緑間は聞いた途端に溜め息をついた。そのことに苛立つが、名前は無表情になるだけに留める。
 緑間は複雑そうな表情をして、フェンスの向こうを眺めた。そよそよと揺れる髪が、太陽に反射して光った。

「そうか。黒子もついに…」

 緑間は少し懐かしそうに言った。仲が良かったのか黒子の事を随分と知っているようだ。
 名前は少し考えた後、今までの事を話すことにした。緑間は信用できると思ったのだ。

「私ね少し前まで奴隷だったの」

 唐突に話し出したせいか緑間は驚いたような顔をする。それでも彼は興味深そうに息を漏らした。

「…ほぉ」

「ある日、私はご主人さまの元から脱走をしたんだ。でもすぐに捕まったの」

「なるほどな。黒子に助けてもらったわけか。黒子も冷徹なようで情に移りやすいタイプだからな」

 うんと勝手に頷く緑間を名前は感心した目で見る。しかし彼が知る黒子は過去の黒子であって、今の黒子ではない。名前の知らない黒子だ。そう思うと心が沈んだ。

「…緑間さんはテツヤのこと沢山知っているんだね」

「かつてスラム街を仲間と走り回った仲だからな。しかしまぁ、黒子は俺が苦手だったみたいなのだよ」

「意外…。テツヤが苦手なのはデスクワークだけかと」

 緑間は吹き出した。それは下品な吹き方ではなく、自重気味である。
 名前のほうを振り返った緑間は信じられないという顔だった。

「黒子が?デスクワークが苦手?ありえん」

 メガネを押し上げ空を仰ぐ緑間につられて名前も空を仰ぐ。
 勢いでここまで来てしまったが、果たしてそれは正解だったのだろうか。答えは正解か不正解の二つに一つであるはずなのに、分からなかった。どちらでも無いような気がしたからだ。
 真っすぐにしか道は無いと思いがちな人生も視点を変えれば、横にだって道はある。
しかし名前には横道を見つけられなかった。脱走も小さな分岐だった。ただそれだけ。
 黒子はあまり自らについて語ってくれない。横道どころか真っすぐな道さえ、名前は視覚に捉えることができないでいた。

「テツヤのこと全然知らなかった。今だって…」

 緑間の目が名前を見据えた。名前は空を仰いだまま動かない。
 横顔は無表情なのに憂いを孕んでいた。

「どうせ会ってから間もないからだろう。それ以前に黒子は自分の事を話さないと思うのだよ」

 名前は何故か否定しなかった。というより否定できなかった。
 結局はそういうことなのだ。











Act17













「…………」

「そのかわりにお前の事も深追いしないだろう?」

 急に黙った名前を見兼ねた緑間がため息をつきながら、眼鏡を指で押し上げる。
 確かに言われてみればそうだ。奴隷だった時のことは何も聞かれていない。
 緑間はまた空を仰ぐと、またメガネを押し上げる。

「話は変わるが、黄瀬涼太を知っているか?」

「え?」

 黄瀬涼太とは先日黒子が殺したあの黄瀬涼太だろうか。
 名前が目を見開いて彼を見る。名前の反応で緑間は確信したようだったが、言葉にはせずに再び問う。

「知っているか?」

 念を押すように言うものだから名前は思わず頷く。勝手に教えて良かったのか分からずに、小さな後悔が芽生えた。

「テツヤの昔の友人だよね?一応、会ったことがあるけど…」

「…そうか。黒子に殺されたか?」

 緑間の視線が険しくなった。名前は息を呑んだ。何歩か下がって緑間と距離を開ける。

「テツヤは仕事の為に契約者である黄瀬涼太を殺したの。それと緑間さんは関係無いよ」

「ふん。そう言えば思い出したのだよ。黒子は軍人だったな」

 緑間の皮肉が恐ろしいことを暗示している。名前はスカートの裾を握り締め冷や汗を垂らす。緑間からは殺気が立ち込めていた。

「そうだよ。テツヤはヒーローだから」

「人を殺す奴がヒーロー?笑わせるな。正義という秩序に捕われた殺人鬼なのだよ」

 名前は対峙するように構えたが緑間は普通に立っている。それだけ余裕があるということだ。
 互いに手の内は晒してはいないものの、なんとなく察していた。彼は契約者だと。

「緑間さんは何なの?何ができるの?」

「黄瀬がコピーの能力を操る契約者なら俺は重力を操るショットの契約者なのだよ」

 確信になった途端に名前は頭の中で叫んだ。距離は全く関係ない。
 能力を使うことで居場所を教えた。

[三区東通、ビル屋上!!!!]

 能力はばれないように使ったが緑間はそこら辺のモノをジロジロ見ながら歩いて来る。武器を探しているようだ。重力を操る時点で基本的な攻撃は想像がつく。

「……テツヤァァ!!」

 力一杯に叫んだ。名前を支配していた感情は恐怖。
 怖くて泣きたかった。まさか緑間が契約者とは思わなかったのだ。なんとも不幸な話である。もうダメなのかという未来を想したとき、名前の背後に影が落ちた。

「やっと見つけました」

 黒子の声が聞こえて振り返る。………が誰もいない。

「「?」」

 拍子抜けをして、緑間も名前もキョトンとした。

「二人ともボクはここです」

「ぶっ!!」

 緑間が吹き出し、名前は絶句する。黒子は緑間の斜め後ろに立っていた。二人して間の抜けた顔をした。

「あれ?普通に私の後ろに立つものじゃない?助けにきたなら」

 まるで名前と敵対しているような立ち位置にいた。そのことを指摘すれば黒子はやれやれと肩を竦めた。

「何いってるんですか?現実見てください。ヒーローはそこまで余裕なんてないんですよ」

「…………」

「黒子っ、貴様はもっと普通に出てこれんのか!?」

 緑間は黒子から距離を置くが黒子は緑間から離れない。名前は半ば呆れ気味だ。

「今日の蟹座は水瓶座との相性が悪いみたいですよ」

 ずいずいと緑間にせまる。黒子は朝のラジオの占いを思い出したかのように言った。

「テツヤ、おは朝占い好きだよね」

「違います。……万が一の時のためです」

 緑間は出口へいつの間にか移動し逃げていた。黒子は追うことをしなかった。

「今日は手を引いてやるのだよ」

「えー…」

「次会う時は水瓶座が下手に回ったときですかね?」

 クスクスと笑う黒子に名前は溜め息をついた。一気に緊張が覚めた。それと同時に黒子は名前を見た。

「それはそうと名前さん。ボクは怒っています」

 見ればわかる。ドス黒いオーラが漂っているから。

「……えと」

 その後、黒子らしかぬげんこつを喰らい、半ベソでそこら辺の喫茶店に入った。












***












「で?ボクの何が不満なんですか?」

 机を人差し指でトントンと打ち、頬杖をついて頭一つ分低い名前を見下ろす。名前は冷や汗を緑間の時以上にかく。

「………め、めっそうもございません!!」

「ボクが聞きたいのは謝罪ではなく、何が不満なのかです」

 トントンと音を出す黒子は眼帯からも溢れるオーラに包まれ他の客をビビらせる。

「テツヤが…」

「ボクが?」

「私の正体がばれて…」

「…………」

「有罪で首が撥ねられたら嫌だな…って」

 黒子は溜め息をついて頬杖していた手にカップを握った。
 一口飲み、カップの中を見つめたまま動かない。

「……………」

「その…」

「名前さんの心配は無駄ですよ」

 黒子は冷めた目でカップを見つめる。紅茶がゆらりと揺らめき、輝いた。

「無駄?」

「ボクは名前さんに心配されるほど弱くはありません。名前さんがいくら能力を使ったところでボクに勝てるはずありませんから」

 名前は気まずくなり俯く。なんだか、黒子が自分に勝てるということ自体が不毛に思えたからだ。契約者である以上、普通の人間よりも強いのは確かなはずなのに、何を根拠に黒子は名前に勝てると言っているのだろう。

「……名前さんは自分の好きなようにしてください。ただし心配はさせないでください」

 名前は黒子を見た。どうやら、許してもらえたらしい。そして、名前には大切な使命感が芽生える。そこまで言い切る黒子に対しての挑戦を挑むことにしたのだ。

「なら、私はテツヤの影になる」

「………!」

 黒子の目が大きく見開かれた。

「テツヤは私にとっては光、太陽みたいな存在だから。私は影になってテツヤと闘う」

「……………そうですか」

 黒子は嬉しそうにカップを揺らした。

「名前さんは昔の僕と同じ事を言うんですね…。かつての影の新しい影ですか。不思議な響きです」

「昔のテツヤ…」

 ふと緑間の言葉を思い出した。何も知らないのは、出会って日が浅いから。そう思っても、自ら行動しない限りは何も収穫はない。そんな事、分かっている。いままで聞けなかった原因は自分にある。

「名前さん、ボクの相棒…、光はとても強いです。ボクが君の光でも彼らに比べると輝いているかすら不明確です」

「……いいよ。私の光はテツヤだもん」

「ボクからすると名前さんは影ではなく光だ。でも知らないことが名前さんには多すぎます。一定期間だけ君の光になりますから」

 黒子の声が力強く言った。



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