■ 16

 随分と名前は言葉が達者になったと思う。黄瀬と闘ってから名前は覇気があり恐ろしいくらいに手伝いから勉強までやりはじめた。
 そして、決まって黒子が会議で家を空ける日にはそわそわし始める。
 影でイタズラしているようにはみえない。かと言って行動の一つ一つが怪しいのだ。鍋の下のガスコンロの火を眺めたまま動かなかったり、雑草に水をやっていたり、ただ床に俯せで転がっていたり…。とにかく名前がおかしい。
 朝食のサンドイッチを方頬に溜めたまま黒子から目を逸らさない名前。
 黒子も同様に空になったティーカップを口につけたまま動けない。












Act16













「…………」

「…………」


「………………」

「………………」

 黒子はティーカップを置いた。痺れを切らし、とうとう黒子が折れた。

「あの、ボクの顔に何かついてますか?」

「……………!!」

 突如、目をカッと見開いて牛乳が入ったカップを飲みだす。一気に飲み干していく様子を見ていると、何がしたいのか全く分からない。

「……」

 あまりのことに黒子は絶句しそうになる。
 牛乳を飲み干した名前がガンッと音がするくらい乱暴にカップを置いた。

「ぷはぁ。…苦しかったぁ」

 ただ喉にサンドイッチが詰まっていただけだったらしい。方頬にハムスターのように溜めていたサンドイッチは消えていた。まさか、あの牛乳を飲んでいる時に飲み込んだのだろうか。

「………………」

 自意識過剰だったのかもしれないと黒子は開き直り食器を片付け始める。

「テツヤ、ほっぺにパンのカスがついてるよ」

「…え?」

 げっぷをするんじゃないかというような表情で名前は言った。腹をさすりながら、黒子を見上げる。

「だからほっぺにパンのカスが」

 指を指して、何のことかやっと理解した黒子は目を見開く。

「……!?」

 とたんに恥ずかしくなり黒子は自分の頬をパンッと叩く勢いでパンカスを取る。

「ねっ?」

「き、気のせいですよ!」

「なんか、はぐらかされた」

 黒子が軍服に着替えたところで名前も髪を整えて玄関に行く。黒子について行くのが毎日の日課である。












***












 今日もミーティングをしたあとに巡回である。今回は黄瀬のように自分から契約者が来るとは到底思えなかった。そして名前には気掛かりなことがある。
 どうしても、黒子に言いたいのに言えずに困っていたのだ。
 以前黒子自身が言っていた。契約者は軍の敵であると。黒子は軍人で名前は契約者。黒子本人は名前が契約者であることを知っている。

(もしかすると、テツヤは危ない橋を渡ってる…?)

 もし見つかって処刑されたら黒子は確実に死刑と言い渡されるだろう。死刑制が残る日本ならかなりの確率で有り得るだろう。

「名前さん、どこらへんなら契約者いると思います?」

(私のせいでテツヤが殺される…?)

「名前さん?」

 黒子の声にハッとして道端で思い切り叫んだ。

「テ、テツヤ!!ストップ!!」

 黒子はピタリと歩みを止め頭にクエスチョンマークを浮かべながら名前を見下ろした。

「どうしたんですか?いきなり」

 名前はスゥと息を吸ってキリッと黒子を見上げる。そうして述べた言葉は互いを小さく傷つけ、決別を意味していた。

「テツヤ!今まで育ててくれてありがとう!!さりょうなら!!」

 最後に噛んだが気にしない。つまり黒子が殺されるかもしれない原因は名前なのだ。ダッと走って逃げる名前に黒子は一瞬ポカンとした。しかし、状況を飲み込めないまま黒子は我に返る。

「は…!?ちょ、名前さん!?どこ行くんですか」

 顔見知りの近所の人々がまた笑ってる。名前といると近所の人が、優しい眼差しで、本当に仲が良いのねと囁いてくる。

「わあああぁぁぁっ!!テツヤの事は忘れない!!」

 黒子は追い掛ける。目立つ白髪の少女ならと思っていたが…

「一瞬にして見失いました…」

 道の真ん中で黒子は立ち止まった。まわりを見渡しても、彼女の姿は確認出来ずに、小さく息を吐いた。

「どうしましょう…」












***












 名前はただ闇雲に走っていた。黒子はどうやら名前を見失なったようで、やっと歩き出す。
 ゼェゼェと息を吐きながら建物の非常階段から屋上に上がる。きっと不法侵入だろうが、そんなことは構ってられなかった。

「はああぁ…」

 大きな溜め息と共に屋上の柵に寄り掛かる。

「はああぁ…」

 隣からも大きな溜め息が聞こえた。名前は横を向く。

「え?」

 そこには長身の緑の髪をなびかせた青年が立っていた。奇抜な色をした眼鏡を掛けており、Tシャツには眼鏡男子と書かれている。
 噴き出しそうになるのを堪えて口元を手で覆う。

「お前はどう思うのだよ?」

「は?」

「だから、これなのだよ」

 赤いフレームの眼鏡を指差して青年が真顔で言う。特に変哲のない眼鏡だが、フレームが太いデザインな分、派手に見える。

「…眼鏡?かわいいね。でも緑と赤は補色だから目がチカチカする」

 彼の髪の毛の色とは相対する眼鏡をはずした。彼は『なるほど』と言ってリュックから小さい箱を取り出す。
 サッと名前に背中を見せ、また向き直る。

「これならどうだ?」

 黄緑の眼鏡に変わっていた。少しドン引きしたが頷く。

「…オシャレさんなんだね」

「違うのだよ。ラッキーアイテムをセレクトしていたのだよ」

 聞き慣れない単語に名前は黒子の国語辞書を取り出す。

「ラッキーは、…運が良いこと。アイテムが…」

「ラッキーアイテムとは運気が上がるモノのことだ」

 国語辞書をパタンと閉じて名前は相槌をうった。

「へぇ」

 それっきり会話が無くなる。だからなんだと言う話しだ。

「俺は緑間真太郎だ」

「あ、そうなんだ。……私は黒子名前」

「…黒子?」

 眉間にシワを寄せて二度見をした緑間。名前はどうしたのかと首を傾げた。

「な、なに?どうかした?」

「黒子…テツヤを知っているか?」

「テツヤは私のお兄ちゃんだよ?」

「え"?」

 緑間は濁った声を出す。

「緑間さんとテツヤって知り合い?」

 眼鏡を押し上げた緑間はそっぽを向いた。

「知り合い…なのだよ」

 これぞディスティニー。

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