■ 14

 黒子は家の窓から見える海を眺めていた。膝の上には名前が頭を乗せて寝ている。有休も明日で終わりだ。黒子の報告は上層部ではお祭り状態。
 軍は初めて契約者との戦闘に勝った。黒子としては黄瀬との戦いで能力を使わなくて良かったとホッとしているが、名前は能力を使った。恐らく代償は"寝ること"だと思う。
 因みに契約者というのは能力を使う度に代償を払わなければならない。名前が記憶を無くしたのは払いきれなかった代償の反動で、数日の間に日常の睡眠だけで代償を払ったと考えられる。
 黄瀬の場合は能力を使った相手を"殺す"ことが代償だったようで、代償のために殺されかけた。黄瀬は元からコピーが得意だが限界があるため黒子のミスディレクションといった技がコピー出来なかった。しかし、能力を使うことで不完全といえど、コピーをすることができる。

(でも黄瀬くんがミスディレクションしたら、後々だれにも気づかれなくて泣きついてきそうです…)












Act14













 今更な想像だが、泣きついてくる黄瀬が有り得そうでゾッとした。名前の白髪を撫でると、薄く目が開く。かれこれ三日程寝ていた名前は代償を払い終えたのだろうか。

「おはよう。テツヤ」

「おそようですね。もうすぐお昼です」

「ホントー?」

「ホントです」

 他愛ない話をして日常に戻った気がしたのは黒子だけだろうか。何となくひざ枕をしてみたくて黒子は何時間もベットに座り、海を見ていたのだが、名前の声を聞いて揺らいでいた心が少し落ち着いた。

「テツヤ、お腹すいた」

 自然と緩む頬。日常がやってきた。彼女が目覚めたから。

「そうですね」

 それでも黒子の中には、三日前から黄瀬の言葉が頭から離れなかった。
 黄瀬が何を思っていたかなんて想像もつかないが、もし仮定をつけるなら、彼がゲームに勝利した場合のみ有り得る話になる。

(次会う時なんてあるのでしょうか?)

 軽く身支度を始める名前を横目にまた窓の外を見る。

(死に際の戯言と思って良いんですかね?)

 腕組みをして悩むが答えは見つからない。死に際の戯言にしては何か引っ掛かる。

「ねー、テツヤ。テツヤって黄瀬って人と同い年?」

 髪を梳かしながら名前が言った。名前の視線が黒子を観察するように頭からつま先までジロジロと忙しなく動く。

「そうだと信じてやまないボクですが何か?」

 これは本音である。確かに黒子は16歳である。ちゃんとこれだけは知っていた。
 黄瀬も自ら16歳だと断言していたのもあり、黒子は当たり前のように同い年だと思い込んでいたが、実際はどうかは分からない。

「………身長」

「ご飯無し」

「……………………」

 黒子はふぅと息を吐いてベットから下り、シワになったズボンを直す。

「………本当は分からないんです」

「え?」

 それまで鏡を見ていた名前が振り返った。黒子は正直に話した。

「ボクと黄瀬くんが出会ったのは小さなスラム街です。親の顔も知らなければ兄弟かも分からない少年や少女を連れて歩き回るだけ…」

「………」

 カタンと櫛が机に置かれ名前は静かに耳を澄ませた。

「ボクもその一人です。政府や王族に対する憎しみしか持っていませんでした。そんな時に彼等にあったんです」

「彼等…?」

「黄瀬くんの他にも仲間が居たんですよ。今は何してるかは知りませんが多分、あくどいことしてますね。外道ですから」

「…凄い言い草…」

」名前は笑った。苦笑いに近い。

「……でも、短期間で人とは変わってしまう。彼等はもうボクの知っている彼等ではないと思います。実際、この左目がその証拠です」

「左目…。前から思ってたんだけど、その目はどうしたの?」

 何度も言い淀んだことを聞いてみた。
 黒子は部屋を出ていく。後を追い掛けて名前も部屋を出る。

「ちょっと喧嘩したんです」

「ハンパない喧嘩だね」

」最近スルースキルでも覚えたのだろうか。名前はそれ以上聞いてこなかった。
 キッチンに入ると名前は椅子に座って床に置いてあるバックを漁り日本史を取り出す。ちょうど開いたのはスラム街と契約者のページ。
 黒子はホットケーキを作りはじめる。
 名前は本に夢中になっているのかと黒子はあえて喋らなかった。しかし名前は本を読みながら話し出す。

「テツヤって世界線説を信じる?」

 黒子は少し考えながらホットケーキミックスを掻き回す。

「懐かしい説ですね。4年ぶりに聞きました。世界線説」

「そう?さっき新聞をちょっと見たら今度は未来線説が出てたから」

「そうですか。ボクはどちらとも言えないですが気にはなってます。なんでしたっけ?この世界がα線でもう一つの世界がγ線?」

「α線とβ線だよ」

「そう。それですね。科学はよく分からないので間違えちゃいました」

 黒子はフライパンにホットケーキミックスを流し蓋をしている間にお茶を容れる。

「前に誰かが言ってたんだ。β線の世界線は文明が発達していて平和なんだって」

「普通は文明が進む程、戦争が多い気がしますが…」

「そうなの?」

「大体そうでしょう」

 蓋を取りフライ返しでホットケーキをひっくり返す。数十秒で皿に乗せた。バターを乗せ蜂蜜をたっぷりかける。それを机に乗せた。

「あ、おいしそう」

 黒子は名前が手放した日本史をパラパラめくりながら、今後どうするかを考えはじめた。

(黄瀬くんとの戦いで名前さんにボクが契約者だと言うことがバレそうになった…。あ、でも、もう隠す必要がないのでは?)

「テツヤ聞いて〜」

(いやいやいや!名前さんに心配をかける訳には…。しかし名前さんは自分が契約者と気づきましたから…)

「パンツ特集やってるよ?」

(あ"。でも何て言ったら)

「テツヤぁ〜?」

「ボクの馬鹿っ!!」

 ベチッと自分の頬を叩いた。

「何事!?」

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