■ 13
黒子は軽くミスディレクションを使いながら黄瀬に接近する。黄瀬とて元から影が薄い黒子のミスディレクションという技術はコピー出来ない。
しかし契約者として能力を使えばコピーは可能になる。
黒子には厄介な敵である。黄瀬はコピー能力を最大限に使い、知らない誰かの能力を黒子へ向ける。今回は水を使った攻撃。水の刃が周りのものを壊す。
しかし黄瀬は契約者としての能力を使った為に、絶対的な代償を払わなければならない。
それだけで十分だ。
「……黄瀬くんはやはり駄犬ですねっ!!」
瞬時に出した銃を至近距離で黄瀬に打ち噛ます。
「く、黒子っち!流石にそれは酷いっス!!」
ぶわっと薄い水の壁が現れ弾丸の威力を相殺した。
二人の距離は保たれたまま、接近戦は続く。
《テツヤ、後ろ!!》
Act13
頭に響いた声は確かに名前のもの。切羽詰まったような声に黒子はとにかく右へ飛んだ。
黒子がいた場所には細かい氷が沢山突き刺さり、黄瀬は目を見開く。
「…黒子っちが避けた?なんで?あんなに運動オンチな黒子っちが?」
「何気に傷つきました」
《テツヤを馬鹿にした。……私アイツ嫌い》
なんとも微妙な空気が流れた。
だが、それもつかの間の休息に過ぎない。再び始まる殺し合い。
「まぁ、俺だけじゃなく黒子っちも成長してるってことっスよね」
「……………」
別に黒子が成長したわけではない。むしろ成長したのは名前のほうだ。
隠れている名前は黄瀬には気づかれていないが能力を使っている以上、限界がある。
黒子としては早くケリを付けたかった。
《テツヤ、私思い出したよ》
不意に脳内に響いた声に、黒子は銃を握る手を止めた。黄瀬にはそれがどう見えたのか、にやりと端麗な顔を歪める。
「黒子っち、銃構えなくて良いんスか?」
黒子は額から汗を垂らす。それは冷や汗でも何でもない。運動をしてでる汗だ。
《あの金髪の人は前に図書館であった人だね?》
「はやく構えないと殺しちゃうっスよ?」
《それにね、あの火事はね》
ピタリとつじつまが合う。黒子は低くしていた腰をピンッと伸ばし、黄瀬を見据えた。
「良いんスね?」
《私がやったんだ。今度は私がテツヤを助ける番》
黒子は銃を捨てると目を閉じた。ガシャンと音が反響する。
黄瀬は目を見開いた。
名前の言いたいことは大体察しがついた。黄瀬はゆっくり黒子に近づく。
「黄瀬くんのお好きなようにしてください」
銃を捨て、丸腰の黒子を驚いたような目で黄瀬は見つめた。しかし歩みは止めなかった。
「…黒子っちは何隠してるんスか?」
ガタンッと黄瀬の背後で音がして振り返る。黒子はニヤリと笑った。そして目を開ける。
「黄瀬くん。チェックメイトです」
ゴポポ…と透明な液体が溢れる。倒れているのは赤いポリタンク。横には白髪を肩の辺りまで伸ばし、流行りの服を着た14歳くらいの少女。
空気に乗ってガソリンのツンとした臭いがする。黄瀬は半歩下がると、目の前の少女は笑った。
「キミはテツヤを殺さなきゃいけないんだね?それはゲームだの願い事だの関係なく、」
黄瀬を指差して淡々と語りだす。少女は満面の笑みで言った。
「だってそれがキミの契約者としての"代償"だもんね?」
静かな声音が微かな威圧とともに黄瀬の心中を鷲掴みにした。
ぶわっとガソリンが燃え上がり、名前は指差す腕を下ろして座り込んだ。
もう限界のようだ。しかし黒子は優しい顔で黄瀬の真後ろに立つと、悪魔の声の如く、囁いた。
「さようなら。黄瀬くん、またいつか会いましょう。次会う時はあの時のように笑いあえると良いですね」
黄瀬は俯いて表情を隠した。黄瀬の視界は自らの涙と足元に落ちる血しか映らなかった。
名前は何も攻撃はしていない。ただ黄瀬の気を黒子から逸らしただけである。しかしそれは彼女自身が何者であるかを鮮明に語っていた。
「その女の子も契約者だったんスね…」
「ボクも今、確信しました」
黄瀬は黒子に背中を刺された。黒子はナイフを抜くと黄瀬は座り込み黒子を見上げ、笑う。
「黒子っち、約束っスよ。次は…、次はただ単に笑って、遊んで…同じ時間を過ごせたら良いなって思ってるっス」
黒子は無表情な顔で言った。
「今更無茶ですね。でもそんな日が来たらまた遊びましょう。また皆で…」
黄瀬は頭がフラフラとして倒れる。地面には赤黒い血だまりが広がってゆく。
この出血ではもう助からないだろう。
「あーぁ。なんか変な…気分…っスね。俺、もう…眠い……。くろ、こっち…………ま、…たね」
黄瀬は目を閉じた。
名前も黄瀬を見届けたあとバタリと倒れて眠りにつく。
黒子は黄瀬のポケットから携帯を取り出し電話帳を開いた。黄瀬の電話帳は誰も登録されてはおらず、着信履歴もメール受信履歴も無かった。
黒子はそれだけ確認すると今度は黄瀬のピアスを外してハンカチに包んでポケットにしまった。
「黄瀬くん。このピアスはボクとの約束です」
黒子は部下に電話をかけ葬儀の手配をするよう頼んだ。炎々と燃え盛る炎の横で寝ている名前をおぶさり燃え移らない程度の場所に移動し部下が来るのを待った。
***
《お姉ちゃん。聞いてよ》
《なぁに?》
《僕さ前に本で読んだんだけどさ、世界は沢山あるんだって》
《どういうこと?》
《もしこの世界がα線っていう世界なら、こことは別にβ線っていう世界があるんだ!》
《α線?もしかして世界線説のこと?》
《うん。そこはこの世界とは違って平和で文明が発達しているんだって》
《そう。行ってみたいね》
《うん。そうだね》
満天の星空の中のいつかの記憶。なんだったけ?彼は誰だっけ?
僕には何だか別の世界の話に思える。
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