■ 12
黒子と名前はある町工場に来ていた。普段住んでいる街と違い路地の裏側にある廃墟と化した工場集合地帯である。
今はもう誰もいない。
名前と黒子はそのうちの一つ、大きなトタン張りの工場に入った。
「名前さん。先程言ったように貴女がボクといる限りは契約者に命を狙われるでしょう。だから絶対にボクから離れないでくださいね」
「分かってる」
黒子のお古のショルダーバッグに本を入れる名前の顔は頼もしくあった。何かあったのだろうが黒子には覚えがない。バックの中にティッシュとハンカチ、小さな水筒がチラチラ見える。いずれも黒子が持たせた物だ。バックの底には少しばかりのお金も沈んでいる。
「名前さん、生きて家に帰りましょうね」
Act12
名前が少し笑って頷いた。黒子とは別の意味で命を張る名前には確かめたいことがある。
また、気がつくと軍のテントの中で寝ていたなんて有り得る話しだ。図書館の時とそっくりなこのシチュエーションは記憶を取り戻すための糧となると思う。
二人はど真ん中に設置された机と椅子に座る。周りには見たことのない機械がたくさんあった。
黒子曰くここで待機するらしいがいつまで続くかは分からないが、今回の契約者は自ら来る。黒子には確信があった。だから、どんなに相手が暴れても平気なこの場所を選んだのだ。
「名前さん、もしも契約者が来たら隠れるなり逃げるなりしてくださいね」
黒子はあえて隠れる場所を指定しなかった。
「うん」
シンプルな返事を最後、今のうちにと言わんばかりに机に頬杖をついて寝はじめる。
だが、黒子は咎めない。腕時計は午後1時30分すぎを指していた。
***
黒子は腕組みをして椅子の背もたれに体を預けるように座っていた。
腕時計は午後2時46分を指し、黒子は欠伸をする。
「ふああぁ…」
もう首がゴキゴキとなりそうで思わず肩を揉む。普段のデスクワークよりも辛い。
衣擦れの音で目が覚めたのか、名前が顔を上げ辺りを見回す。
「おはようございます」
「おはよう。テツヤ」
「よく眠れましたか?」
「…うん」
名前はまだ寝起きの余韻に浸っているようで目を何度もパチパチとさせた。
ちょうどその時名前は何かを感じ取ったかのように静かに立ち上がり埃が積もる机に文字を書きはじめる。黒子から見ると逆さ文字で少し読みにくかった。
しかし、それよりも書かれた文字に目を疑う。
"金髪の男の人がこっちに向かってる。なんかヤバそう"
なぜ名前にそんなことが分かったかは知らないが、それより重大な話である。
金髪の男の人と言うのは恐らく黄瀬涼太。ヤバそうと言うのは殺気か何かだろう。いずれもここがバレている。つまり黒子のカンが当たった。
黒子は机に文字を書いた。
"逃げてください"
名前はそれを見て視力は良いはずなのに目を細めた。そして静かに頷く。
その場を静かに離れた名前は奥にある機械の裏に隠れた。黒子は何事も無かったかのように机をハンカチで拭き"二人"いた筈の工場内をあたかも"一人"だけいたことに見せ掛ける。
ハンカチをしまったところで半開きの入口に人影が立つ。太陽の光りに反射する金髪。名前の言った通りだった。
「黒子っち、みーっけ!!」
そんな呑気な声が空虚な工場内に響く。
黒子は椅子に座ったまま、入り口を見つめた。
「お久しぶりです。黄瀬くん」
「えー?昨日会ったばっかじゃないスかぁ」
黄瀬は名前が座っていた椅子に座りニコニコと話す。昨日とは全く違う雰囲気が薄気味悪い。
「そうでしたっけ?忘れました」
「ヒドっ!」
「それで?何の用ですか?」
黄瀬は嘲笑した。
「本当は分かってるくせに」
黒子はほくそ笑んで立ち上がる。
「それもそうですね。しらばくれるのも時間の無駄です」
黒子は椅子に座る黄瀬に銃を向けトリガーを引き銃弾を充填する。
黄瀬は余裕たっぷりの顔で、まだニコニコと笑っていた。
「そんなオモチャで俺を倒せると思ってるんスか?」
そう言った瞬間黒子は背筋に寒気を感じ銃を突き出していた手を本能的に引っ込める。
ガシャンと金属が足元で落ちた。気がつけば足元には銃口が落ち手には銃口だけがない銃を握っていた。
黒子はたまらず黄瀬に銃を投げつけた。
黄瀬もそれには驚いたらしい。
「うお!?危なっ」
さっと壊れた銃を座ったまま避ける。
「なにするんですかっ!!手が切れたらどうしてくれるんです!?」
「えー…、」
黄瀬は何とも言えない様な表情である。
「と言うのは冗談です」
ぺろっと舌を出し黒子はフッと消え、一瞬にして黄瀬の背後に立ちいつの間に持ち替えたのかナイフを振り上げていた。
名前もこっそりとその様子を伺っていた。
「……っ!?」
黄瀬が黒子のナイフに驚いたようで慌てて椅子を乗り捨て避ける。ガッと音をたてて机に突き刺さるナイフを黒子は抜き取り、刃先を黄瀬に向けた。
「どうしましたか?お得意の"まねっこ"はやらないのですか?」
にんまり笑う黒子。
「ビビったっス!出来ればコピーって言ってほしいっスね」
名前は隠れている機械の影で一人囁いた。
《…テツヤ、聞こえる?》
「……!?」
「……?」
黒子の頭の中に突如聞こえた声は名前そのものの声だった。
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