■ 15

 道を歩きながら、黒子の中に浮かんだ単語。

"違う"

 否定を表す単語だった。黒子は率直に思った。ここは違うと。
 ひどく頭が痛む。呼吸が荒くなる。あまりの辛さに額を叩くような勢いで頭を手で押さえる。
 眼帯の中の目が何だか痒い。小さく苛立つ。
 苦し紛れに名前を見た。いつもと違う。
 おかしいと思った。

「(違う、違う、違う!!)」

 ここはどこだ、と頭で自問する。
 名前が心配そうに黒子の名を呼んだ。

『テツヤ?どうしたの?調子悪そうだよ』

 途端に愛する人の声が走馬灯のようなものと一緒に聞こえた。正しくあのスラムの少年少女の片割れ。紅い髪が美しい、孤独な双子。そして契約者。
 蘇る記憶はこの世界線のものではない。この記憶はα線。そうだ、自分はスラムで育った。無残に母親を殺され、契約者になった。
 全ての元凶となり、憎々しい軍に入る。

 思い出したのはこれだけだった。そして、どういう訳か自分が名前に二回も殺されるという悲しみと、自虐の記憶が蘇る。
 始まりと終わりの記憶だけが黒子の中に流れ込む。
 けれど中間に何があったのか、自分が殺されるまでにどうなっていたのかが分からなくとも、原動力になることには変わらなかった。

「名前さん…」

 それは衝動だった。目を丸くする名前に、ナイフを向け、瞬きする間も与えずに心臓目掛けて突き刺した。




Act15




 崩れ落ちる名前を抱き留めて、ナイフを抜く。
 見開かれた瞳にはもう光りはなかった。

「これがボクの答えだ」

 小さく言うと、亡きがらを背負い、人の少ない道を辿りながら家へ向かう。
 どんどん硬くなっていく少女はゆらゆらと揺られる。

「(知っている。ここはγ線)」

 やり直すんだ。全てを。名前と二人だけの世界を創るんじゃない。
 どうせ裏切られる運命ならば全てを壊すんだ。α線も、まだ知り得ないβ線も。
 今だって元凶じゃないか。ならばやれる。

「(ボクの願いは今度こそ世界を壊して、…………)」

 それ以上は今は考えないほうが良い。そんな気がした。
 黒子は背中に伝う血液の感触を軍服越しに感じながら、歩みを進めた。

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