■ 09

 名前が家に帰るとお母さんが迎えてくれた。
 こちらでは行方不明だった名前を存分に甘やかしたいと、お母さんが言っていた。
しかし名前には愛想笑いをするしかない。
 理由は覚えていないからだ。こちらでもそうだが、向こうでも名前が物心ついた頃には母親という存在は無かった。
 軽く会釈して、自室に戻る。




Act09






 前までの日常は非日常だったのだと気付いて、何となくガッカリしている自分がいて虚しくなる。
 今でも覚えている。契約者のためのゲーム。
 互いに殺しあい、生き残った一人は願いを叶えられる。
 兄である赤司にも話していない世界。
 知っているのは黒子だけ。
 他の人には、覚えていないとしか言っていない。

 ベッドに寝転がりながら、携帯を出す。いまだに使いなれない携帯というものに指を滑らせながら、電話帳の一番上を見つめる。自分と同じ苗字の赤司。

『征十郎…』

 名をポツリと呼ぶと、携帯がヴヴヴ…と唸った。
 驚いて起き上がると、可愛いキャラクターが画面上でくるくると回っている。
 着信だと気付いて通話をタップした。

『も、もしもしッ!』

 上擦った声で出ると、相手が噴き出す音がする。
 
「プッ…、名前、僕だよ」

『あ!?え!?えと征十郎…さん?』

「何故さん付けで疑問形なんだ」

『いや、これはその癖ってやつで』

 慌てて返事をすると赤司は、そうかと言った。

「まぁ今のところ、呼び名は何でも良い。…が、追い追い征ちゃんって呼んでもらうよ?」

『え"?』

 固まる名前を差し置いて、赤司は本題へと話しを進めた。

「最近はどうだい?テツヤとも上手くいってるかい?もう一緒に寝たかい?」

『あー…、テツヤとお昼寝ならしたよ。それが何?』

「え…、ナニって何。お昼寝…?」

『え…、ちょ?なんでうろたえてるの?』

 赤司が電話越しに咳ばらいをした。名前は赤司の様子が心配になる。

「テツヤだから安心して許可をだしたというのに…。しかしテツヤもかわいそうだな。昼寝って、さすがの僕も萎える」

『えっ。テツヤとお昼寝すると征十郎さんが萎えるの?なんで?』

 赤司の沈黙が始まり、名前も黙る。疑問しか出てこなくて、返答を待つことしかできない。

「…………名前、次テツヤに会ったら"私を抱いて"って言ってごらん?」

『抱っこならするよ?』

「………………そうか。でも言ってみるんだ」

『よく分かんないけど言っとく』

 赤司がふぅと息を吐いて、名前もつられて息を吐いた。

「まぁ、二人は仲良くやってるんだね。良かった。元気そうで良かった」

 じゃあね、と赤司が通話を一方的に切った。名前はまるで嵐が通り過ぎたみたいに感じ、しばらく呆然としていた。
 時計は18時ちょっと前で、携帯を枕元に放る。
 帰ってから2時間近く会話していたのかと思うと、本当は赤司は部活中なのではないかと心配になった。
 京都の高校で主将になったと聞いているが、果たして大丈夫なのだろうか。
 ベッドから起き上がると、制服のスカーフを解いた。
 それとほぼ同時にノックが聞こえた。

『はぁーい』

「名前、ボクです。入っても良いですか?」

 黒子の落ち着いた口調が聞こえる。いつのまに来たのだろうか。

『どうぞ』

 返事をするとジャージ姿の黒子が、ドアから入ってくる。

「名前、大丈夫ですか?」

『なんで?』

「先に帰ってしまったようなので」

 名前がごまかす様に笑うと、気分が悪かっただけだと言った。本当は海常高校に行っていたのだが。
 スカーフをハンガーに掛けながら、黒子を部屋のクッションへ腰掛けるように誘導する。

『さっきさ、征十郎さんから電話があってさ、』

「はあ…」

 黒子が曖昧に相槌を返す。

『征十郎さん、テツヤに抱いてほしいって言ってたよ』

「はッ!?」

 黒子の目がギリギリまで見開き、固まった。

『なんでだろうね?』

「あの、何か勘違いしてません?」

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