■ 27
コンクール当日。音楽を奏でるために私はバスケを諦めた。今やったらブランクがすごいと思う。
結局ついて来た黒子は会場のど真ん中の席に座るらしい。
私は緊張することもなくステージをつかつかと歩き、一礼してピアノの前に座った。
しんとした会場に、ペダルをゆっくり踏み込む音が微かに響き、あとを追うようにピアノの優しい音色が響く。
いつも通りに弾く。暗譜した楽譜を脳内に張り巡らせ私の指は鍵盤の上を滑らかに動き回る。
強弱に抑揚がついたように奏でる音楽に耳を澄ました。私が奏でているのに心地好い音だと思ってしまった。
***
「苗字名前、銀賞」
スピーカーからの声に合わせて会場から拍手。
賞状を受け取りステージを出た。控え室から荷物を回収し、ホールへ向かう。そこには黒子と火神がいた。
母親は先に帰ると言っていたので、きっと家に帰ったらキツいレッスンが待っている。
「名前さん、銀賞おめでとうございます」
『…ありがとう』
「俺ら素人だからわかんねぇけど凄かったな!なんか指何本あるんだ?」
火神は本心を並べてはしゃいでいた。そして私と黒子を見て、人が変わったようにキリッとした顔で片手をあげた。
「じゃっ。あとはお前らで」
そそくさと去って行った火神を見送る。何だかんだで空気が読める火神に感心する黒子。
『あ、火神くん』
出口から出て行った彼を私は追いかけようと足を踏み出す。お礼を言わないなんて嫌だと思うが、腕が黒子に捕まれた。
「どこ行くんですか」
『だって火神くんにお礼を言わなきゃ…』
ムスッとした顔で黒子が言う。
「明日で良いじゃないですか。火神くんは空気を読んでくれたんですから」
それを言ったらムード云々がだいなしではなかろうか。
『あ、いや、でもさ。火神くん…』
「浮気しないでください」
ぐいっと抱き寄せられた。黒子が無表情のまま頭を撫でてくる。
『大丈夫。浮気する予定はまだまだ先だから』
「予定はあるんですね…」
黒子が不機嫌そうに口を尖らせる。
『うん。だから安心しやがれ』
「離す気はありませんけどね」
私は黒子の腕を抱き寄せ、流れる観客に紛れて外に出た。
***
『…私、頑張って練習したのにな』
二人きりの帰り道。私の声がポツリとこぼれ黒子は少し微笑む。
「コンクールが全てではないでしょう?」
『そうだけどさ…』
悔しいと私は苦笑いした。黒子が一気に無表情になる。今日はよく無表情になるなと思いながら黒子の上着のポケットに手を突っ込んだ。先客の黒子の手が暖かい。
私の上着にはポケットが無いのでかじかんだ手にはちょうど良かった。
「名前さん、予定変更です」
『え?』
私の家へ向かう道から反対方向へ引き換えした。
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