■ 24
月曜日。皆が休みボケしてしまう週明け。
それは黒子も火神も名前も同じだった。うつらうつら船を漕いでいると頭に衝撃が走った。
『いっ…』
「苗字、寝るな」
先生が教科書で軽く私を殴ったのだ。火神はもう殴られたらしく顔を歪めて後頭部を撫でていた。
『…………』
「……ぷっ」
先生が通り過ぎたあとに隣から聞こえた音。…私も教科書の角でコイツを殴って良いだろうか。
黒子は笑うのを堪えて震えていた。
『……ばか』
「…馬鹿で結構です。名前さんのおかげで目が覚めました」
まだまだ笑う彼。もはや呆れることしか出来ない。
思い出せば黒子との思い出は辛く苦しいものばかりだ。キセキの世代もそう。むしろ恨んでいると言っても過言ではない。
例えば、赤司には体育館のステージから落とされた。
緑間には持ち前のスリーポイントで私の後頭部を狙い打ちするのは毎日のことだったし、青峰と黄瀬は必ずスポドリをかけてきた。
紫原には何かされたわけではないが助けてくれなかった。
そして一番憎い男。黒子テツヤ。
アイツだけは許せない。
陰湿ないじめは私をどれだけ傷つけてきたのか、彼は知らない。
誰よりも、しつこく、構い、傷つけ、影で見下ろし(みおろし)、見下し(みくだし)、嘲笑った。
でも、今は違う。黒子の目は汚い雑巾を見るような目から、まるで大切なものや好きなものを見るような目に変わっていた。
表情もいくらか柔らかくなった、本当に笑うようになった。
そんな気がしていた。
でも、黒子の告白が未だに心に引っ掛かるのも、答えを出すことに慎重になるのも、きっと黒子が何を企んでいるのか分からないからだ。
ふと黒子の横顔を見ると、昔のように憎めない。
なぜなのかは分からない。でも、不思議だった。
理解したくない気持ちが渦巻く。
***
「名前さん」
『あ"!?』
「今日、部活見に来てください」
放課後、私は片手に裁縫箱を握ったまま黒子を睨み返した。
家庭科実習も終わったから持って帰ろうとしていた。裁縫箱をスクールバックに詰め込んだとき、その手を捕まれた。
「お願いします」
裁縫箱を手から離す。スクールバックの中に入った裁縫箱を見つめた。
『行かない』
「お願いします、来てください」
頭に一気に血が昇る。別にそんなつもりは無かったが、私の手が黒子の肩を殴っていた。
そのことに私は驚いた。自分の手が無意識に動いたこと、その手が黒子の肩を強く殴っていたこと。
しかし黒子は痛みに顔を歪めるが目はしっかり私を捕らえたままだ。
「……来てくれますか?」
『どうして、行かなきゃいけないのさ…』
私は驚いたことを隠すように更に黒子を睨んだ。
黒子は冷静に私の手を握る。
「だって貴女をボクに惚れさせなきゃいけないんですから」
当たり前でしょう?と言った。
黒子の唇が弧を描いたとき私は睨むのをやめた。
この表情にはどうしても勝てない。前なら刃向かうことも容易だっただろうが、今は出来ない。
『でも私、黒子なんか…、テツヤなんか嫌いだし?』
そう言ったとたんに自分の眉が眉間に寄ったのが分かった。
体温が一気に上がる。
黒子は表情を変えない。
「……そうですよね。当たり前だと思います。でも、一つだけ言わせてください」
『……何』
「ボクは貴女が好きで、それは中学の時から変わらない」
私の手がダラリと力尽きたようにうなだれた。
黒子の手が離れた途端に寂しくなる自分の手が憎い。
なんなの?この気持ちは。それに中学のときから?
『ちょっと待ってよ…!』
私の声が低くなる。一歩踏み出し黒子につかみ掛かった。
ロッカーにガンッと黒子を押し付け私は怒鳴った。
『前もそんなこと言ってたよね!?アンタは私をどこまで馬鹿にすれば気が済むの!?中学の時から?馬鹿にしないでっ!!あの時アンタは私を汚い雑巾を見るような目で見てた!!』
黒子は黙って私を見下ろしていた。
それがまた私をいらつかせる。
「………否定はしません。むしろそう思ってましたし」
誰もいない教室は夕日に照らされ私たちもオレンジに染まる。
『…じゃあ何で嘘なんてつくの!?正直に言えよ!!"汚い雑巾だと思ってました、告白したのも全て罰ゲームとか軽い理由です"って言えっ!!!!』
私は止まれない衝動に駆られ、つかみ掛かった手に力を込めた。
「…言ったら貴女は楽になるんですか?」
見下ろす彼は変わらない表情で言った。空虚な瞳は虚像を映すように、徐々に悲しそうに歪んでゆく。
『……わかんない。けど思ってること言ってよ』
何がなんだか分からない。どうして私はこんなひどいことを言っているのか。
「………………」
黒子が俯いて唇を噛み締める。髪の毛で陰るその表情は分からないが、確かに私は見たのだ。
『………っ』
黒子の頬に涙が伝ったのを。
黒子が顔を上げて、眉を情けないほどにハの字に下げて唇が震え、涙を溜めた表情で口を開いた。
「ボクは貴女を…、汚らしい雑巾だと…、おもっ、…て、毎日を、……っ、すごし、ました」
私の中で何かが壊れた音がした。
本当はそんなこと言ってほしくなかった。
言うように促したのは私なのに、何故か悲しい。
『…………あ、…そう』
私の手が黒子から離れた。総理大臣になんなさい
月曜日。皆が休みボケしてしまう週明け。
それは黒子も火神も名前も同じだった。うつらうつら船を漕いでいると頭に衝撃が走った。
『いっ…』
「苗字、寝るな」
先生が教科書で軽く私を殴ったのだ。火神はもう殴られたらしく顔を歪めて後頭部を撫でていた。
『…………』
「……ぷっ」
先生が通り過ぎたあとに隣から聞こえた音。…私も教科書の角でコイツを殴って良いだろうか。
黒子は笑うのを堪えて震えていた。
『……ばか』
「…馬鹿で結構です。名前さんのおかげで目が覚めました」
まだまだ笑う彼。もはや呆れることしか出来ない。
思い出せば黒子との思い出は辛く苦しいものばかりだ。キセキの世代もそう。むしろ恨んでいると言っても過言ではない。
例えば、赤司には体育館のステージから落とされた。
緑間には持ち前のスリーポイントで私の後頭部を狙い打ちするのは毎日のことだったし、青峰と黄瀬は必ずスポドリをかけてきた。
紫原には何かされたわけではないが助けてくれなかった。
そして一番憎い男。黒子テツヤ。
アイツだけは許せない。
陰湿ないじめは私をどれだけ傷つけてきたのか、彼は知らない。
誰よりも、しつこく、構い、傷つけ、影で見下ろし(みおろし)、見下し(みくだし)、嘲笑った。
でも、今は違う。黒子の目は汚い雑巾を見るような目から、まるで大切なものや好きなものを見るような目に変わっていた。
表情もいくらか柔らかくなった、本当に笑うようになった。
そんな気がしていた。
でも、黒子の告白が未だに心に引っ掛かるのも、答えを出すことに慎重になるのも、きっと黒子が何を企んでいるのか分からないからだ。
ふと黒子の横顔を見ると、昔のように憎めない。
なぜなのかは分からない。でも、不思議だった。
理解したくない気持ちが渦巻く。
***
「名前さん」
『あ"!?』
「今日、部活見に来てください」
放課後、私は片手に裁縫箱を握ったまま黒子を睨み返した。
家庭科実習も終わったから持って帰ろうとしていた。裁縫箱をスクールバックに詰め込んだとき、その手を捕まれた。
「お願いします」
裁縫箱を手から離す。スクールバックの中に入った裁縫箱を見つめた。
『行かない』
「お願いします、来てください」
頭に一気に血が昇る。別にそんなつもりは無かったが、私の手が黒子の肩を殴っていた。
そのことに私は驚いた。自分の手が無意識に動いたこと、その手が黒子の肩を強く殴っていたこと。
しかし黒子は痛みに顔を歪めるが目はしっかり私を捕らえたままだ。
「……来てくれますか?」
『どうして、行かなきゃいけないのさ…』
私は驚いたことを隠すように更に黒子を睨んだ。
黒子は冷静に私の手を握る。
「だって貴女をボクに惚れさせなきゃいけないんですから」
当たり前でしょう?と言った。
黒子の唇が弧を描いたとき私は睨むのをやめた。
この表情にはどうしても勝てない。前なら刃向かうことも容易だっただろうが、今は出来ない。
『でも私、黒子なんか…、テツヤなんか嫌いだし?』
そう言ったとたんに自分の眉が眉間に寄ったのが分かった。
体温が一気に上がる。
黒子は表情を変えない。
「……そうですよね。当たり前だと思います。でも、一つだけ言わせてください」
『……何』
「ボクは貴女が好きで、それは中学の時から変わらない」
私の手がダラリと力尽きたようにうなだれた。
黒子の手が離れた途端に寂しくなる自分の手が憎い。
なんなの?この気持ちは。それに中学のときから?
『ちょっと待ってよ…!』
私の声が低くなる。一歩踏み出し黒子につかみ掛かった。
ロッカーにガンッと黒子を押し付け私は怒鳴った。
『前もそんなこと言ってたよね!?アンタは私をどこまで馬鹿にすれば気が済むの!?中学の時から?馬鹿にしないでっ!!あの時アンタは私を汚い雑巾を見るような目で見てた!!』
黒子は黙って私を見下ろしていた。
それがまた私をいらつかせる。
「………否定はしません。むしろそう思ってましたし」
誰もいない教室は夕日に照らされ私たちもオレンジに染まる。
『…じゃあ何で嘘なんてつくの!?正直に言えよ!!"汚い雑巾だと思ってました、告白したのも全て罰ゲームとか軽い理由です"って言えっ!!!!』
私は止まれない衝動に駆られ、つかみ掛かった手に力を込めた。
「…言ったら貴女は楽になるんですか?」
見下ろす彼は変わらない表情で言った。空虚な瞳は虚像を映すように、徐々に悲しそうに歪んでゆく。
『……わかんない。けど思ってること言ってよ』
何がなんだか分からない。どうして私はこんなひどいことを言っているのか。
「………………」
黒子が俯いて唇を噛み締める。髪の毛で陰るその表情は分からないが、確かに私は見たのだ。
『………っ』
黒子の頬に涙が伝ったのを。
黒子が顔を上げて、眉を情けないほどにハの字に下げて唇が震え、涙を溜めた表情で口を開いた。
「ボクは貴女を…、汚らしい雑巾だと…、おもっ、…て、毎日を、……っ、すごし、ました」
私の中で何かが壊れた音がした。
本当はそんなこと言ってほしくなかった。
言うように促したのは私なのに、何故か悲しい。
『…………あ、…そう』
私の手が黒子から離れた。
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