かぐや姫
病院の真っ白なベッドは、窓から差し込む月明かりによってぼんやりと浮かび上がっていた。
藍色の空が優しい気持ちにさせる。
「ああ、来たんだね」
ベッドの上に上半身を起こして座る人物が、こちらに気付いて薄く笑った。影になって表情はかすかにしか見えないけれど、とても嬉しそうにしているのが感じ取れた。
「幸村…」
「こんな遅くにどうしたの?看護士さんにバレたら怒られるんじゃないかな」
「分かってる」
「後で切腹するとか言わないでよね?」
「…」
そんなわけなかろう、と顔をしかめた。
第一、そんな姿のお前を残していけるわけないだろうが。
「俺のことは心配しなくて良いよ」
内心を読みとったように幸村は言った。
「もしかしたら俺はかぐや姫かもしれないから」
「は?」
「月に呼ばれてる気がするんだ」
そう言って幸村は窓の向こうの月を見上げた。今日は綺麗な満月だった。
「元気でね、真田」
にっこりと幸村は笑った。
夜の空と同じ色の髪がさらりと揺れた。
「もし切腹したら真田も月に来てよね」
たぶん俺国のトップだからさ、最高のおもてなしが出来ると思うよ。たくさんの家来を使いまくってさ、たくさんのお金にものを言わせてさ、豪勢な生活しようよ。二人でずうっと幸せに生きよう。その時には元気な身体でいれるはずだから。
そうやって語る幸村の顔があんまりにも幸せそうなものだから、たくさんの家来やお金や豪勢な生活よりも、今ここにお前がいるだけで俺はとても幸せだと言うことは出来なかった。
「てことで待ってるから」
そう笑って、幸村はふと消えた。
月は相変わらず黄色くまん丸に、静かに藍色の中に佇んでいる。
涙が流れた。
それは拭っても拭っても絶え間なく流れ落ちて、ぽたぽたと溢れる涙は月明かりに照らされてきらきらと光った。そしてその光の粒は、声を押し殺し顔を伏せる真田の横をすり抜け窓を突き抜けて、空へ空へと上っていった。月の光を反射しながら、まるでシャボン玉のように、ゆっくりとした速度でいくつもいくつも上っていった。
やがて泣き疲れた真田が顔を上げると、夜空には大きな天の川が白や黄色の輝きを放って架かっていた。
それはまるで月へ繋がる道しるべのようで、真田は片手を両目に乗せて薄く笑った。
「すまない幸村、泳げないんだ」
知ってるよそんなこと。と、どこかでくすくす笑う声がした。
fin.