身が溶けるような快楽の情事後、白いシーツにくるまってスヤスヤ眠る愛しい恋人の横で、忍足は毎日の日課となっている小説を、ベッドヘッドに置かれたこうこうと黄色く照らすスタンドの下で開いていた。

その小説のジャンルもほぼ100%恋愛ものと決まっており、文字で綴られる男女の幸せそうな日常が今の自分とかぶって自然に口元がほころぶ。


ここにいる男女のように決して正しい形ではないけれど、それでも愛する人と自分が幸せならそれはそれでいいのだ

そう思う。






「ぅあ…ッ!!」


隣で心地よく寝ていたはずの恋人が、突然苦しげな声をあげる。

それを合図に忍足はぱたんと読んでいた小説を閉じると、肩に手をやって軽く揺する。シーツに隠しきれていないそこは、外気にさらされてひんやりとしていた。


「ひよ」

「んぁ…?」

「大丈夫だから」


とんとんとなおも肩を叩いてやると、目をこすりながら体を起こす。

それを確認してから、手早く纏っていた紺色のTシャツを脱ぎ捨てた。


「ゆー…し」

「ん、大丈夫大丈夫」


ベッドの真ん中にかいたあぐらの上に、手を引いて向き合うように座らせてやる。

日吉はいつものように右の肩口に顔をうずめて、しばらく頬を寄せたり唇ではんだりと甘えるような仕草をしていたが、いきなりそこへ歯をたてた。


「…ッ!!」


ずぶりと走った痛みに顔をしかめる。声を出さないようにするので精一杯だった。

歯が食い込んだそこを、溢れ出る血を食い止めるように日吉が舐める。

ざらついた生暖かい舌が傷口にねじ込まれ、そしてまた傷を抉るように同じ箇所に歯をたてられる。


「くッ…」


痛さを紛らわすように、日吉のさらさらした髪に何度も指を通して抱き締める。

ほぼ毎晩行われるその行為のせいで忍足の右肩は紫色に変色し、何度も歯をたてられた証に、まだ完全に乾ききっていない赤黒い傷が紫の中に幾重にも散っていた。





それはきっと、彼なりの懺悔。



大丈夫だと言っているのに。


どうやら自分がいるせいで、俺が道理を踏み外したと思いこんでいるらしい。

ふだん起きているときはそんな不安なんて決して見せずにツンツンしているのに、こうして寝ているときにふと思い出してうなされる。


以前に起こしてやったら突然噛みつかれて、それからこんな日々が毎日のように続いていた。おまけにやっかいなことに、朝起きると覚えていないらしい。

彼の記憶の範囲外でやっているこの行為を知ったら、後悔からもう側にいてくれなくなるのは分かり切っていることだから、躰を重ねるときでも必ずTシャツを纏って何とか誤魔化してきた。

何をしても絶対に脱がない強情さに日吉は厭そうに眉をひそめるが、一体どこのどいつのせいだと鼻をつまんでやりたくなる。



「大丈夫やで?」


再び違う箇所を噛み千切ってあふれる自分の血液を無我夢中で飲み干す愛しい人に、何百回目の声をかける。


大丈夫。

神経を切られる痛みも、

そうやって不安と闘う君も、

全部全部受け止めてあげるから。





真っ赤な血がポタポタとシーツを染める。


なんだかベッドの上だけ世界から切り離されてしまったようだと、痛みで朦朧とする意識の中で考える。

それでもこの腕の中にいる愛しい人と一緒なら、それはそれでかまわないと、腕の中の吸血鬼を強く強く抱きしめた。



おやすみヴァンパイア

(安心して眠りなよ)
(俺はずっとずっと幸せだから)


fin.




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