「セーンパイ!トリックオアトリート!」
それは、さー今日も一生懸命バスケに励みますかーなんて棒読みで言った宮地が部室のドアを開けた瞬間だった。
底抜けに明るい高尾の声が飛んでくるのは最早秀徳バスケ部の常だから、誰も気にしない。しかし今日は挨拶どころか日本語ですらなかった。固まった宮地は悪くない。木村は高尾の言葉に今日が何月何日だったかを思い出して、納得した。
「お菓子ください!さもなくばイタズラしちゃうぞ!」
「という訳なので、ください」
最後の緑間はともかくとしても、高尾とマネージャーのなまえはノリノリだ。先輩三人にわちゃわちゃとまとわりついてお菓子を要求する態度は幼稚園児のそれである。
お前らそれ普通高校生は許されねーぞ。木村はドン引きで高尾を見下ろした。170cmオーバーの男がやっていい態度ではない。しかしそれが許されてしまうのが高尾和成だ。むしろこれイタズラ始まってんだろ!と引き剥がすに剥がせないでいる大坪を見て、宮地はため息を吐いた。
「……お前ら本当にこういう行事好きだな」
「ウチ八百屋だからお菓子とか置いてねーんだけど」
「つーか緑間テメェシレッと手ぇ出してんじゃねーよ轢くぞ」
三者三様の態度に、ヘラヘラと高尾は笑う。発案はコイツだろうな、となんとなく理解した大坪は、未だにべったりな一年二人をよそに制服のポケットを探る。たしかこの辺りにあったはずだ。
「まったく。…飴くらいしかないぞ、ほら」
「わーいやったぁ!大坪さんありがとーございます」
なまえの小さな掌に、みっつの飴玉が落とされる。カサリと鳴るビニールをそれぞれに分けると、マネージャーの少女はふにゃりと笑う。屈託のないそれは年の割に幼いが、その裏表のなさを気に入っている部員は多い。
仕方ねーな、と木村も自分の鞄を開けた。昼休みに購買でなんとなく買ったチョコレート菓子が、未開封のまま残っている。
「ほら、仲良く分けろよ」
「あざっす!」
「どーせお前はこれだろ、くれてやるからありがたく飲めよ」
「……あ、ありがとう、ございます」
木村が高尾に箱を渡してやるのと同時に緑間に宮地が何かを投げ渡す。受け取ったそれはじんわりと温かい、缶ジュースだと思ったそれは、緑間の好物であるおしるこだった。
まさかおしるこを、しかも宮地から貰うとは考えもしなかった。呆気に取られながら、それでも緑間が礼を告げると、宮地はそっぽを向いた。照れ隠しだ。
なにもらったのー、と緑間の手元を覗き込んだなまえと高尾は、銘柄を見てニコニコしだした。正確には、高尾はニヤニヤだった。
「わーおしるこだ!良かったね緑間くん」
「宮地サンわざわざ用意してあげるとかやっさしー☆」
「うっせーな!自販機で当たりが出てテキトーに押しただけだっつの!」
うぜぇ!と一蹴したものの、宮地の顔は微かに熱を帯びていて迫力も何もない。
そんな彼を全力でからかい倒す高尾となまえ、ひたすらにおしるこ缶を見つめる緑間。普段から生意気だが、どこかしら憎めない後輩たちを眺め、自分達はなんだかんだ甘いよな、と木村はこぼした。
「…………まぁ、高尾は生意気だけど、基本素直な後輩だし」
「緑間はワガママだが、その分努力を怠らない」
「マネージャーも文句一つ言わねーしなぁ」
「たまには甘やかしてやるくらい良いよな」と先輩三人は揃った意見に頷いた。そう、厳しい練習内容に忙しいマネージャー業務。文句も弱音も吐かない後輩を、甘やかさない理由なんてないのだ。たまになら。
「…センパイ。それ、できればオレらがいないとこで言ってほしかったなー、さすがのオレも照れちゃうなー、なんて」
普段の笑顔を潜めた高尾は、口調こそおちゃらけているけれど、俯いた顔は完全に照れていた。基本的にうるさく笑う高尾のそんな表情は、恐ろしく珍しい。ついついガン見しても仕方ない。そしてその横には、心配になるくらい顔を真っ赤にしたなまえが立っていた。
「えと、その、……これからも、先輩方のお役に立てるように、頑張ります」
「…………」
そんななまえの一歩後ろにいる緑間は、普段通りに見える。ただ、見えるだけで、その変化はそれなりの時間を共にした高尾やなまえにはわかってしまう。
「…あれっ、真ちゃん結構ガチで照れ「うるさい」」
「緑間くん照れ「てないのだよ!」」
照れてるだの照れてないだので、一年トリオは普段と違わずぎゃあぎゃあと騒ぎだす。部活が始まるまで止められることのなかったそれを、実は微笑ましく眺められていたという事実を、三人は知らない。