「なまえっち、進路決めた?」


ペンを器用にくるくる回しながら聞く黄瀬くんに、わたしは「あー」と間抜けな声で返事をする。

黄瀬くんと出会って、気づけば三年近くの時間が経っていた。
こうやって一緒に勉強をするのはもう数えきれないくらいしてきた。黄瀬くんに誘われてバスケの大会を見に行ったり、帰り道で偶然一緒になったところをパパラッチされてちょっとした騒動になったり。まあ他にも色々。ただの女子高生が送るにはなかなか濃い三年間だったと、我ながら思う。
そうして過ごすうちに、黄瀬くんは「お隣に住む同級生」から「仲の良い友達」になった。
わたしは「みょうじさん」から「みょうじっち」に、そして「なまえっち」になった。
変化していったわたしたちの関係と共に、わたしの気持ちが変わってしまった事を、黄瀬くんは知らない。

黄瀬くんを、好きになっていた。


「なまえっち、進学?」

「んー」

「大学?神奈川?」

「大学、…東京」


えっ、と黄瀬くんの声が漏れた。どうしたのかと思って顔を上げると、ちょうど黄瀬くんの手からペンが転げ落ちているところで。


「黄瀬くんペン落ちたけど」

「なまえっち、もしかして引っ越す…?」


ぎく、とからだが固まった。
そう、わたしはこの部屋を引き払うつもりでいた。
だって、黄瀬くんはわたしを友達だと思ってくれていて、だからこうして一緒に勉強をしたり泊まり込んだりしていて。その笑顔が信頼されている今だから見られるものだとしたら。
気持ちが抑えきれなくなる前に、距離を置かなければいけないと思った。
上手くできているかはわからないけれど笑顔を作って。明るく振る舞って。


「んー、そうだね。それも考えてるんだ。行きたい大学、ここからだと遠くてさ」


仕方ないよねって雰囲気で、そうしたらきっと黄瀬くんも「そっか」って言ってくれる。そう期待してた。


「オレも、実は引っ越すかもしれないんスよね」

「え」

「モデルの仕事の関係で、東京に」

「へ、へぇーそうなんだ」


なんだ、どっちにしろ黄瀬くんとはお別れすることになってたのか。寂しいと思っていたのは自分だけだったのが、少し……ううん、すごく悲しい。でもそれを気づかれたくなくて、テーブルの下、膝の上に置いた手をぎゅっと握る。
そんなわたしに気づくことなく、黄瀬くんは「良い部屋、見つけたんスよー!」と嬉しそうに続けた。


「キレイで、日当たり良くて。防犯設備もばっちりな、2LDK!」

「なにそれ最高じゃん!でもそれ家賃高そう……」

「そうなんスよ!一人暮らしにはちょーっと厳しくて。だからーなまえっち、オレと暮らそ?」

「……それ、ルームシェアってこと?」


何を言ってるんだろう、遂にわたしの聴覚は狂ってしまったのだろうか。いくら仲の良い友達だと黄瀬くんが思っていても、それはさすがに無理だ。ていうかわたしが無理だ。
思わず聞き返したわたしの言葉に、黄瀬くんはにっこりと笑った。


「ルームシェアじゃなくて、アレ、アレっスよ。えっと……あ、同棲!」

「ごめん黄瀬くん、わたし今日ちょっと耳の調子が悪いみたい。同棲って聞こえた」

「間違ってないっスよ」


尚更おかしいわ。
友達同士なら言ってもルームシェアが妥当だ。というかそんなことできるはずない。だって、わたしは黄瀬くんを好きで、だから離れようって思ったのに。
うつむいて目線を下げる。と、ぽすんと頭に暖かいものが乗せられた。黄瀬くんの、手。なでられて、やめてって言いたいのに、うまく言葉が出てこない。
しばらくされるままになっていると、向かい合わせに座っていた黄瀬くんは、よいしょと立ち上がってわたしの隣に並んだ。


「なまえっち、顔、上げて」

「……むり」

「じゃあそのままでいっスわ。……なまえっち、オレの事が好きでしょ」

「なっ!」


不意打ちのそれに、弾かれたように顔を上げると、目と鼻のすぐ先に黄瀬くんの整った顔があった。視界一杯に広がるそれに、ぶわっと顔に熱が集中するのがわかって。きっと黄瀬くんにも気づかれたんだと思う、黄瀬くんはクスクスと笑った。


「図星!って感じっスね」

「なん、で…」

「わかるよ。だって、オレはもっと前からなまえっちの事が好きなんだから」


知らなかったでしょ?と言いながら、黄瀬くんは首を傾げた。素直に頷くと、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて。苦しいよって言って抵抗したら、ごめんねって言われて、そして腕の力はもっと強くなった。


「最初は、ちょっとめんどくさいなって思ってた」


同じクラスの女子が、隣に住んでいて。モデルをしていることは自分の決めたことで、辞めたいなんて思ったことはないけれど、そこに付随するものは、たまに疎ましく思えた。
だから、最低限の挨拶だけで、だけど悪評の立たないようにちゃんと愛想を付け加える。だけど、自分の予想以上にその子の反応は薄くて、そっけなくて。好都合だと思うよりも、なんだか拍子抜けした。


「でも、なまえっちはオレが困ってた時に、助けてくれたっスよね」

「ちょっと嫌そうな顔はしただろうけどね」

「すっげー「何コイツ」って顔してた」

「だって思ったもん」

「ひっど!」


でも、いやいやなのはわかったけど、結局助けてくれて。下心もなく優しくしてくれて。
女の子の友達は桃っちしかいなくて、他の女の子はみんな同じで、「モデルのキセリョ」や「キセキの世代の黄瀬」しか見てなくて。そんな中で、現れた「黄瀬涼太」を見てくれた彼女に入れ込むのは、自分でも驚くほど早かった。


「これで惚れるなって方が無理っスよ」


ハローマイディア


   
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