海常高校に入学して、同時に一人暮らしを始めた4月。隣に住んでいるのが同じクラスのモデル「黄瀬涼太」だと知ったのがその3日後。

うわぁ有名人じゃんめんどくせぇ絶対他の人に家バレしないようにしようと思って極力目立たないように過ごした一週間後、なぜか夜にピンポンが響いた。
覗き窓からこっそり見ると、普段は眩しい笑顔を振り撒いているキセリョが、なぜかしょんぼりと突っ立っていた。どういうこっちゃ。


「黄瀬くん、お家隣ですよ。間違ってるよ」

「みょうじさん、オレもう我慢できないっス」

「はぁ?」


肩をがっちり掴まれた。普通ならドン引きだけど相手はあのキセリョだ。普通の女の子だったらきっとあっさり陥落していただろう。普通の状態なら。
しかし目の前のイケメンは今にも泣き出しそうな情けない顔を晒していた。おいおい綺麗なお顔が台無しになってんぞぐすぐす鼻すすってるし。


「お願い、……ご飯恵んで」


とりあえず家に上げて話を聞いてみると、なんと一人暮らしを始めてから今まで、自炊せずに生活してきたらしい。しかしコンビニを回りつくし、ファミレスではファンに囲まれまともに食事することもかなわず、とりあえずうまいこと家に戻ってきたところでついに空腹の限界が訪れた、ということらしい。
びすびす泣きながら説明する彼はもうモデルでもイケメンでもなくただの高校生だった。まあ今までも高校生ではあったけど。なんていうか、親近感?

かわいそうになって、夜ご飯をご馳走してあげることにした。あー今日カレーにしてて良かった。多めに作ったカレーを黄瀬くんに差し出すと、ようやく笑った黄瀬くんはお礼を言って食べ始める。


「うま!みょうじさん料理上手なんスねーめちゃくちゃおいしいっス!」

「…ありがとうございます」


これ親近感じゃないわ。餌付けだわ…。尻尾が見える。
そう感じ始めた頃には黄瀬くんのお皿はすっからかんになっていた。よっぽどお腹空いてたんだな…。
ご馳走さま、と礼儀正しく合掌する黄瀬くんにお粗末様でした、と食器を下げようと立ち上がる。黄瀬くんは「洗うっスよ!」と言ってくれたけど丁重にお断りして、代わりにマグカップを差し出した。


「コーヒー平気?紅茶とかのがいい?」

「どっちも好きっス。てか、そこまでご馳走になるならやっぱお皿…」

「いいよ、学校行きながらお仕事して大変そうだし、今日はもう休んだほうがいいですよ」


それでなくても今日はハードだったようだし、お隣さんのよしみってやつだ。ただし二度とする気はないけど。だって改めて思った、ファンこわい。
そんなわたしの胸中も知らずに、黄瀬くんは綺麗な顔をふにゃふにゃにして笑う。モデルっぽいキリッとした笑顔じゃないけど、なぜだか目が離せなくなるくらい魅力的な笑顔だった。さすがモデルどんな顔も絵になるとかすごすぎる。


「ありがとう、みょうじさん」

「あ、いえ別に」

「また、遊びにきてもいいっスか?」

「えっ」

「……ダメ?」


…ああ、ヤバいほんとヤバい。しゅんとして小首を傾げる黄瀬くんの瞳は寂しそうで、なんか心が痛んでくる。尻尾の幻覚も相まって、罪悪感はメーターを振り切る寸前である。


「…………たまになら、まあ」

「よっしゃー!」


負けた。そう感じさせられたのは、次の日の夜、キラッキラの笑顔でドアの前に立つ黄瀬くんを見た時だった。


その感情は遅効性
   
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