朝、起床したら右手で眼鏡をかける。おは朝の占いは欠かさないし、ラッキーアイテムはどんなものであろうと必ず手に入れ、身につける。
他にもいくつかのジンクスはあるが、そうしてオレは天命を得てきた。
だから、そう。
言うなれば、これはオレなりの「人事を尽くす」という事なのだよ。


「……言いたい事があるなら、はっきり言ったらどうだ?」


先ほどまで残っていたはずの部員は既にもう帰宅していて、いつの間にか残っているのはオレと、マネージャーのみょうじだけになっていた。
背中を向けていてもわかるくらいに感じていた視線、尋ねればみょうじはとぼけたように首を傾げた。


「ん?なにが?」

「とぼけるな。さっきから、……いや、ここ数日、お前の視線が痛いくらいに刺さるのだよ」


ストレートに言ったオレに対して、ピクリと手が震えただけで、みょうじはヘラヘラと笑っていた。苛立ちに眉間を寄せるオレに能天気に笑っていられるのはきっとコイツと高尾くらいのものだろう。
どいつもこいつも、誤魔化すのだけは上手いから、腹が立つ。


「あれー、バレちゃった?いやぁ緑間のシュートってすっごいキレイだし、居残りマネージャーって暇だからさーつい見ちゃうんだよね」

「本当にそれだけか?」

「ちょ、なに緑間?どした?」


「怒ってんの?」と聞くくらいなら、誤魔化さなければ良いものを。流れる汗をシャツの裾で拭うと、みょうじからタオルを差し出された。こんな時ですらマネージャーであることを忘れない、その心掛けは賢明だが、感心はできないな、と心の隅で感じた。先ほどよりも近づいた距離、オレはタオルではなく、みょうじの腕を取った。


「み、緑間…?え、と」

「お前の視線は煩いのだよ。ただ見ているだけなら、オレだって気にしない。だが、」

「待って!待って緑間」


言葉に詰まるみょうじを見下ろしていると、胸の辺りがモヤモヤする。表情を取り繕って、誤魔化すように軽口を叩いて。外面だけは普段と少しも変わらないのに。


「なぜそんな、泣きそうな目をするのだよ」

「緑間が、変なこと、言うからだよ。ていうか腕、離して」


「目は口ほどに物を言う」と言うが、コイツの目はその言葉をよく体現している。
ありありと浮かぶのは拒絶だと直感したから。離せと軽く振られた腕を解放する気はない。きっとみょうじは上手く言い逃れて、そして全てなかったことにされるだろう。それだけは避けたい。


「……そんなに、オレの事が気に入らないか?」

「…………え?」

「オレを快く思わないから、そうやって本音を誤魔化すのだろう?そうやって曖昧にされるくらいなら、はっきり言われた方が楽なのだよ」


意思と反して、オレの口は止まらず、辛辣な言葉を吐き続ける。
違う、そんな言葉を投げつけたいわけじゃない。止まれ。醜い本音をさらけだす前に。


「違う!緑間を嫌いなわけないでしょ!ばかじゃないの!」


ついに、ボロボロとみょうじの両目から涙が落ちて、けれど強い口調で言い放つのはオレの言葉を否定するものだった。
オレを馬鹿だと連呼しながら涙を流し続けるみょうじの声は、人気の少ない体育館によく響いた。


「嫌いなら、居残り練習、つ、つきあったりしないし、嫌な事があれば、ちゃんと言うしっ」

「みょうじ、わ……」


悪かった。なんとか絞り出した謝罪は、無事にみょうじに届いたらしく、しゃくりあげたままのみょうじは静かに首を横に振った。


「と、とりあえず、そのみっともない泣き顔をなんとかするのだよ!」

「泣かせ、たのっ緑間じゃん」

「だから悪かったと言っただろう」


まだみょうじの手に握られたままだったタオルを強引に奪って、その目に当ててやる。強く擦ってしまわないように慎重に押し当てる


「……理由を話すつもりはないのか?」


落ち着いてきたみょうじは、曖昧に笑うだけで唇を開こうとはしなかった。
オレは、人の思考を簡単に理解できるほど聡くはない。だからこそ、ちゃんとした言葉が、確証が欲しかった。


「みょうじ」

「ん?」

「オレを嫌いではないと、そう言ったな」

「うん」

「ならば、……オレの傍を離れるな」

「うん、…………うん?」


意味を掴みかねたみょうじはしきりに首を傾げている。そんなヤツの目をタオルで覆い隠して、視界を遮った。


「み、どりまっ、ちょ、なんも見えないっ!」

「うるさい」

「ええー!?」

「言葉にできないのならせめて行動で証明してみせろ。嫌いではないと言うなら、オレから離れるな」

「は、意味がわかんな、」

「オレ、…たちは、意外とお前に支えられている部分が多いのだよ」


タオルを退けようと反抗していた手がぴたりと止まった。強く押さえ過ぎたか、と思い外そうとした手に、みょうじの手が重なった。
突然のことに震えた指先を、一回り小さな手が緩く包んで、次いで隠されていた瞳とばっちり視線が合わさった。


「……ちょっとだけ待ってて。自分の気持ちが整理できたら、ちゃんと、緑間に言うから」


散々泣きはらした目は、少し赤くなっていたが、見上げる視線は真っ直ぐで、迷いがない。


「仕方ない、暫くの間は待っていてやるのだよ」


我ながら高慢な物言いに嫌気がさしたが、相変わらずヘラヘラしているところを見ると、みょうじは恐らく気にしていないのだろう。
慌てて解放された手を寂しいと思ったのは、気のせいだと思いたい。


業を煮やした彼の焦燥
   
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