「今度の日曜、部活が休みだから」


遊びに行こーぜ。高尾くんがそう提案したのはほんの数日前のこと。
映画のチケットをひらひらさせるその表情は、とてもきらきらしていたので、わたしは反射的に頷いていた。「2人で遊びに行く」なんて初めてのことだ。渡されたチケットを眺めていると、なんだか柄にもなくうきうきしてしまった。
当日、待ち合わせ場所に着いたのは約束の10分前だった。さすがにまだ彼は来ていない。のんびり待つことに決めたわたしは、なんとなしに周囲を観察し始めた。わたしと同じように、待ち合わせしているらしき人が大半を占めているのか、立ち止っている人はちらちらと携帯や腕時計を気にしている。ほほえましいなぁ、と思ったところで自分もその中の一人だと気づいてしまった。


「なまえ!」

「あ、高尾くん」


約束の時間5分前に現れた彼は、当たり前だけど私服だった。シンプルなパーカー姿は変に着飾っていなくて高尾くんらしいけど、素直にかっこいいと思った。


「わりぃ、遅れないようにしたつもりだったんだけど」

「5分前だよ、セーフセーフ」

「でも男が遅れるのはかっこ悪くね?」


困ったように笑う高尾くんは、私服姿のせいか、なんだかいつもとちょっと印象が違う。
普段はユニフォームか制服姿ばかりだったから、なんだか新鮮に感じて、まじまじと見てしまう。…わたし、変じゃないかなぁ。足下からこっそりチェックするわたしを見て、高尾くんはなぜかニヤニヤしだした。


「そんなに気にしなくても、じゅーぶん可愛いって」

「人の思考を読むのはやめようか高尾くん」


なんでわかっちゃったんだろう。誤魔化すように唇を尖らせても、熱を持った頬は誤魔化せてないに違いない。
その証拠に、高尾くんは必死で笑いをこらえている。


「そんなに笑わなくてもいいのに」

「悪かったって!でも可愛いっつったのはホント!」


そうやってすぐに恥ずかしいことばかり言うのは、彼の奔放な性格ゆえなのだろうか、二の句が告げないわたしの手を、高尾くんはごく自然に繋いで歩き出した。
突然歩くから、当然のようにわたしはおもいっきり引っ張られるわけで。


「ぅ、わっ……高尾くん、待って待って!」

「映画は待ってくれないぜ?」


そう言いながら、高尾くんはぐいぐいわたしの手を引っ張って進む。それでも、歩調が緩やかになったから、転ぶこともなく歩みを進められた。

休日なだけあって、映画館は人でごったがえしていた。目当ての映画は、開場10分前。ちょうどいい時間に入れたね。高尾くんは言葉に頷いてくれて、わたしたちは薄明かりの中、チケットと同じ番号の座席を探した。


「高尾くんが恋愛系の映画観るなんてちょっと意外かも」

「おもしろそうならジャンルこだわらねーからな、オレ」


高尾くんが苦笑するのと、映画館特有のブザー音が響き渡るのはほとんど同時だった。
映画は、大々的な宣伝や話題性を裏切ることのない内容でわたしたちは2人揃って画面に釘付けになった。
時折、横目で窺った高尾くんはじっと画面を見つめていて、バスケをしている時とはまた違う真剣さを持っていた。


「思ってた以上だったなぁ」

「うん、おもしろかったね!」


人の波の中、はぐれないようにって繋がれた手を意識しないようにしながら、わたしは彼に次の行き先を聞いた。なぜって、映画以外はまったくのノープランだからだ。
買い物、ゲームセンター、食事。選択肢はいくつもあるのに、どうしたらいいのか全然わからない。
高尾くんも同じだったみたいで、「どうすっかなー」んていいながら、少し斜め上を見つめた。考えるときの、高尾くんの癖だ。


「とりあえず、何か食わね?」


腕時計の短針は、真上よりも少しだけ右に傾いていた。
バイトをしてない、はっきりいってあまりお金を持っているわけじゃない。限られたお小遣いをやりくりしているのだ。そんな健全な学生であるわたしたちの場合、必然的に行く場所は限られてくるわけで。


「いただきます」


普段の態度からは想像できないくらい、彼はこういうところはじつに几帳面だ。ファーストフードに向かって礼儀正しく合掌する高尾くんに倣って、わたしも合掌した。


「高尾くん、がっつかない!ちゃんと噛んで食べなよ」

「……さっすがマネージャー」

「マネージャ関係ないからね」

「こんな日くらいは見逃してくれたっていーだろ」


ハンバーガーにかじりついた彼に、つい習慣から出た注意。
ぽつぽつと文句をこぼしながらも、高尾くんは律儀に30回、しっかりと咀嚼してから飲み込んだ。


「高尾くん、よく食べるね。どこにそんな量が入るの?」

「なまえが食べなすぎなんだよ。真ちゃんも小食だったけどなまえよりは食ってたぜ?」

「緑間くんと同じカテゴリに入るとは思わなかったよ…」

「いやいやあいつマジで小食なんだって」

「え、いやそういうことじゃ……まあいいや」


小高く積まれたハンバーガーを順調に消費して、高尾くんは「逆に、そんなんでよく足りるよな」なんて言い返してくる。冗談かと思えば、彼の表情は本気を物語っていた。……男の子って、すごい。


「つか、マジでどーする?」

「んー、買い物…はこないだしちゃったし。ていうか高尾くんがつまんないだろうし」

「いや付き合ってって言われたらどこでも行くけど」

「……高尾くんマジHSK」

「えいちえすけー?なんだよそれ」


日が落ちる気配はまだ遠いけれど、したい事がお互い思い浮かばない。
あてもないまま、結局ふらふらと散歩してみることになって、見慣れた景色をぼんやり眺めながら歩くことになった。
階段を降りた先には、たしかストバス用のコートがあったはず。高尾くんと一緒に覗き込んだそこには、見覚えのある長身がボールを追いかけていた。


「あれ、真ちゃんじゃね」

「だね。相手って、……誠凛の火神くんだ」

「お久しぶりです、高尾君。秀徳のマネージャーさんも」

「ひゃぁああっ!?」

「おー黒子」

「……やっぱり高尾君には気づかれてしまいますね」


上から眺めていたわたしたちをいち早く見つけたのは誠凛の黒子くんだった。驚いてしまったことに謝罪すると、「気にしていませんから、大丈夫です」と言って控えめに微笑んでくれた。良い人だ。
わたしの大声に、バスケをしていた緑間くんたちも、わたしたちを見つけたようでこちらを見ていた。……緑間くんが、渋い顔でこちらを見ている。
こうなったら、することはひとつに決まってる。すでに階段を下り始めてる背中に苦笑しながら、わたしもその後ろに続いた。



「お疲れ様、高尾くん」


予想通り、汗だくになって戻ってきた高尾くんにスポーツドリンクのボトルを投げて渡す。緩やかな放物線は、高尾くんの手に収まった。我ながらナイッシューである。


「あー…なんつーか、ごめんな」

「え、なにが?」

「……途中から完全放置だったっしょ」

「そうだねー。なんだか高尾くん、わたしといるよりバスケしてる方が楽しそうだったよねー」

「うぐ、」

「まあ、コンビニでみんなの飲み物とか買って時間潰したりもしてたからつまらないとは思ってなかったよ」


それに、なによりみんなが楽しそうにバスケしてるところもみられた。
コンビニで調達したタオルを手渡して、「かっこよかったよ!」と素直な感想を述べれば、ちょっと赤い顔をした高尾くんはいつもの笑顔を見せてくれた。


「あっれ、もしかしてオレに惚れちゃった?」

「はぁ?」

「なーんてな」

「惚れなおしたよ」

「え、」


ぽかんと、だらしなく口を開けっぱなしの高尾くんがおかしくて、つい吹き出してしまう。自分から聞いたくせに、その反応があんまりにも可愛かったものだから、意地悪をしたくなったわたしはにんまりと笑顔を作る。


「なーんて、ね!」

「あ、おいマネすんなって!!」

「ねーわたしもバスケ混ぜてー!」


コートの中には高尾くんと同じく汗だくになった緑間くんと誠凛の火神くんと黒子くんがまだボールを追いかけている。
高尾くんは気遣ってくれていたんだろうけど、みんなのプレーを見ていて退屈どころかすごく楽しかったのは本当だ。
だから、そのバスケと肩を並べようなんて「今は」思わないから。
今は、一番じゃないけど共有する時間を大事にしてくれる、それだけで十分だ。

余りあるくらいに幸せ
   
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