「……、」


気がついたら、見知らぬ場所に飛ばされていた。黄泉川のマンションと雰囲気はさほど変わらない、どこにでもありそうな「普通の家庭」のような部屋。
しかし、俺には見覚えのねェもンばっかだ。なンでこの場所にいるのか、心当たりさえも浮かばねェ。


「空間移動系の能力者か…?」


大能力者相手でも引けを取らねェ自信はあったが、実際起きちまってンなら、それしか考えつかなかった。まったく、学園都市の第一位が、聞いて呆れるね。
しかし、こンな場所に飛ばすなンて、目的が掴めねェ。敵意らしきものも、今のところは感じない。本当に、「普通の家」だ。


「何だってンだ、まったくよォ」


首に着けた電極。そのスイッチをいつでも入れられるように触れて、とりあえずこの家の構造を理解するために、リビングらしき部屋を出る。
一階には、人の気配がねェ。なら、二階にでも隠れてンのか。
階段を足音を立てずに上って、片っぱしから戸を開けていく。


「ぶぇっ!」

「……あ?」

思い切り開けた扉。押し戸の向こうから、小さくない衝撃と、間の抜けた悲鳴。見下ろせば、何の変哲もない女が顔を押さえて痛みに耐えるようにきつく目を瞑っていた。


「誰だてめェ」

「こっちの台詞ですよ、この不法侵入者!」

「あァ!?」


瞬時に振り切れた理性。怒りのままに凄めば、女の肩が一瞬だけ恐怖に竦む。
なンだ、コイツ。表の人間じゃねェか。そうやって観察できたのは、この一瞬だけだった。


「この俺を捕まえて不法侵入者たァ、言ってくれるじゃねーか。あァ!?」

「ほ、ほんとのこと言ってなにが悪、……いんですか!」


怯えるどころか、噛みついてきやがった。いや、自分自身を気丈にも奮い立たせているだけかもしれない。苛立ちに任せて睨みつけると、言葉を詰まらせた。
まったく、苛々する。ケーサツだかなンだか知らねェが、要は警備員を呼ぶ、みたいなことを散々わめかれる。知るかよ、こっちも被害者だっつーの。


「は?あんち……え、何?」

「なンだよ寝ぼけてるンですかァ?警備員っつったンだよ」


警備員もわからない、なンの冗談だよ。ふざけてるのかと眉を寄せるが、目の前の女は至って真剣に、「わからない」と首を傾げていた。警備員がわからないなンて、どこの箱入り娘だよ。冗談かと思ったが、相手は至って大真面目。…おかしいにも程があンだろ。
試しに電極のスイッチを入れる。ミサカネットワークに接続すれば、打ち止めを経由してある程度の情報が得られると踏ンだからだ。けど、全く情報が流れてこねェ。

つゥか……ミサカネットワークに接続されてねェ。

歩行や言語機能には問題がねェ、なのにネットワークはぷっつり途絶えてる。なンだよ、なンなだってンだよこの状況は!?
試しに女の頭を掴んで、能力を発動させてみる。別にどうこうするって訳じゃなく、生体電気を読み取るだけだ。慌てふためいた女の言動は黙殺した。演算が乱れンだろォが。
…駄目だ、ピクリとも感じねェ。


「……ネットの使える端末、貸せ」

「は?」


「何言ってンだコイツ」みたいな表情をした女が、その瞬きの間に何を思ったのかはわからない。
けど、躊躇いがちに居間で差し出されたパソコンの画面の前じゃ、そンな変化は些細な事だった。


学園都市が、存在しないという有り得ない事実の前では。
   
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テーマ「人外ファンタジー」
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