まだ寝てるかもな、と思いながら聞いてたコール音が途切れるのは、思ったよりも早かった。
「ん、…もしもし?」
「俺俺、おっはー」
「た、かお?」
寝起きらしい少し掠れた声は、輪郭がぼやけている。ごそごそと籠った音が、彼女がまだ布団の中にいる事を裏付けていた。
「おいおい、完オフだからって寝過ぎじゃね?起きなよー」
「ふぁ、…余計なお世話」
殺しきれていない欠伸をけらけらと笑う高尾に、ようやく意識がはっきりし始めたらしいなまえは、「どうしたの?」と問う。その声色がやけに潜められた物なのが少し気になったが、特に気にせず本題を切り出した。
「いや、今日は練習ねーし真ちゃんも誘って、」
「わ、ちょっ」
「ん?」
遮るそれは高尾に向けられたものではなかった。スピーカーから遠いところで、誰かの声。家族でも来ていたのか、邪魔したかな。という高尾の気づかいなど知る由もなく、なまえの声だけが近いところから聞こえてきている。
「んーと、高尾がこれから、あ、ちょっ…!」
彼女の説明は途切れ、いきなり声が遠くなった。なんだなんだ?話しぶりから危ない事態ではないことは明白であるものの、未だ状況が掴めずおいてけぼりの高尾は、しかしスピーカーから遠くなってしまった声に首を傾げるしかできず、いい加減電話を切ってしまうべきかどうかまで考えだしていた。その時だ。
「高尾」
やけに聞きなれた低音が鼓膜を打つ。電話越しでもわかる程度に不機嫌なそれは、自分の相棒、緑間のもので。
まさかこのタイミングで、しかも起き抜けらしい掠れたその声を聞くことになるとは予想もしていなかっただけに、高尾は心底驚いた。
「うぉおおぁ!真ちゃん!?え、なんで!?」
「今日は駄目なのだよ」
高尾の疑問はさっぱり無視して、一言の断りと共にぶっつりと通話が途切れた。通話終了の表示が待ち受け画面に戻るのをぼんやり眺めながら、急に現実に引き戻された高尾は頭をフル回転させた。
起き抜けのなまえと、周りを憚るように潜められた声。同じく掠れた声の緑間。休日の朝に二人でいたと考えれば、大抵の場合、辿り着く結論はひとつである。
柄にもなく熱の昇った額に手の甲を押し当てた高尾は、「つーかなんで俺が恥ずかしい思いさせられなきゃなんねーんだよ…!」と呻いた。
昨夜はお楽しみでしたね
終話ボタンを押されたなまえの携帯は、そのまま放られて緑間のスポーツバッグの上にぽすんと落とされた。
まさか床に放られはしまいとわかっていたものの、なんとなく放物線を見守っていたなまえの体は、携帯を放り投げた腕によって、シーツに引き戻された。
既におは朝は終わっている時間帯。ごろんと寝返りを打ってみると、怠惰にも寝直す気満々の緑間に向かい合う。
「おは朝、見逃したけど良かったの?」
「馬鹿め、今日はおは朝はやっていないのだよ」
だから寝直す、というのは緑間にしては珍しい。とっくに目が冴えているだろうに、布団から出たがらないその手はなまえの髪を指先で弄んでいる。
「……午後から、」
「うん?」
「テーピングなどの買い出しに行くのだよ」
「付き合え」と溢す緑間に、「なら高尾も誘えば良かったのに」と言おうとして、なまえはふと気づいてしまった。緑間の耳が赤い。
「それってデート?」
「好きに解釈すればいい」
「ん、そうする」
(それにしても…)
ふふふーと上機嫌で抱きつくなまえに、動揺を押し殺した緑間は怪訝な目を向けた。
「何なのだよ」
「真太郎かわいー」
「なっ!」
「変な事を言うのは止めるのだよ!」と怒り出す緑間の怒声を頭上に聞きながら、なまえはもぞもぞと緑間の胸あたりに頭を寄せる。午後までまだまだ余裕がある。たまには二度寝してみてもいいかもしれない。
二人の休日はまだ始まったばかりである。