「なにそれ」
もともと、一方通行の肌は透けるように白かった。白かったのだけど。
こうもうっすらと向こう側が見えるほど薄かっただろうか。いや、そんなはずない。
「俺が知るかよ」
瞬きもできず、呼吸すら忘れそうなわたしに興味なさげに吐き捨てた一方通行も、強気なのは言葉だけだった。表情が強張っている。透けてしまった指の先から、視線が外せないでいた。
このまま一方通行が消えてしまうんじゃないかって思ったら、ぎゅっとまだ消えていない肘の辺りを掴んでいた。怖かった。普通じゃあり得ない現象を目の当たりにしている事実が、一方通行が目の前から消えてしまうかもしれない今が、どうしようもなく怖かった。
「…戻れンのかもな」
「え?」
「学園都市に」
普通あり得ない現象が起きている今、たしかにその可能性もあった。いや、そっちのほうが自然なのかもしれない。
そっか、帰れるんだ。きつく握りしめていた一方通行の袖を、わたしはそっと解放した。
「良かったね!これで、学園都市に帰れるよ」
そう、これで一方通行はもといた場所に帰ることができる。一方通行には願ってもない事態だし、待っている人だっているに違いない。わたしも、今まで通りの生活に戻る。
「……お前、なに泣いてンだよ」
「え」
泣いてる?違う、わたしは笑っているはずだ。だって、一方通行が苦しい思いをせずに済む。ここから居なくなって、居なく、なって。
「なァに不細工な面晒して泣いてンだよ、似合わねェ」
確認するように頬に手をやると、確かに濡れていた。一方通行の腕が少しだけ持ち上げられて、すぐに下がる。次いで、小さく舌を打つ音が僅かに聞こえた。
舌打ちした一方通行を見たのは、久しぶりな気がした。
「……も、会えなく、なるのかな…?」
「……さァ」
「――っ!」
本当は、帰ってほしくなんかなかった。自分勝手な願い。
わたしは一方通行のことが好きになっていた。
出会い方は最悪だし、睨んだ顔は凶悪だったし、態度なんかもっと最悪で。愛想なんてどこかに置いてきたような人間だと思った。
だけど、辛い気持ちを悟られないように強がる素振りとか、無愛想な態度の中にほんの少しだけ垣間見る、優しさとか。
そんな所がひとつ、またひとつって見えてきて。
「一方通行、」
「ンだよ」
「ここに来たこと、忘れないでね」
もう輪郭は融けてしまったけれど、その手のあるべき位置にはちゃんと一方通行の手が存在しているようだった。涙を拭って、その手を、握る。
「忘れないで。わたしも、覚えてるから」
「こんな奇妙な体験、忘れられる訳ねェよ」
馬鹿にするように鼻で笑った一方通行に、また涙が滲んできていたけれど、わたしもごまかすように笑った。
わたしは一方通行の事が好きなんだと思う。たぶん、きっと。だから本当はいなくならないでほしい。けれど行かないで、帰らないでって泣き喚いて懇願すれば、きっと一方通行は困るだろう。なんだかんだで一方通行は優しいから、突き放せない。
でも、そんな優しさを利用して平気でいられるほど、わたしはずるくも賢くもなかった。
気がつけば、一方通行の姿はほとんど消えかかっていた。
「じゃあね、一方通行」
「……あァ」
「――っ、またね!」
苦し紛れかもしれない。ギリギリで発した、「またね」は、一方通行に聞こえただろうか。
もういなくなってしまった彼に、問うことはできないけれど。
「またね」
言葉にすれば、またいつか会える。そんな気がして、わたしは誰もいない部屋でぽつりと呟いた。