「う、わわ、ちょっと……!」

「ん?なに?」


ぎゅう、と自分の腕に絡み付くあたたかさ。いつもなら手を繋ぐはずなのに、どうして。頭がくらくらするのは暑さだけじゃなく、普段よりもずっと近い距離と高い密着度のせいだ。
離して、と言おうとしたのに、首を傾げるなまえの笑顔があまりにも嬉しそうだったから、僕は結局言葉を飲み込んでしまう。


「……なんでも、ないよ」

「そう?楽しみだなぁ、映画」


なまえのうきうきと軽い足取りは、それでも僕のそれよりちょっとゆっくりだ。合わせるように歩幅を緩めると、そういう気づかいに鋭い彼女はすぐに笑みを深めて、僕の腕にしがみつく力を強める。
その途端に、腕とは別の柔らかさを強く感じてしまって、思わず体を強張らせてしまった。

やば、今、肩がびくってしたの、気づかれた、かな…!


「あのさ、なまえ」

「ん?」

「えっと、……あ、映画館、ここだよね?」

「え、あ!そう、ここ」


イワンは何か飲み物ほしい?
まずはドリンクを購入するつもりらしい彼女は、そう聞きながら自分のバッグから財布を取り出そうとして僕の腕から自分の腕をするりと解く。
ほっとするはずなのに、名残惜しい、なんて。…僕、なに考えてるんだろう。そうこうしているうちに、なまえの手には二人分のドリンク。見つけてから慌てて会計を支払った。
これくらいはかっこつけたい、きっとキースさんやバーナビーさんならもっとスマートに済ませてしまうんだろうなんて、想像したらちょっとだけへこんだ。彼女の両手が塞がっていなかったら、もしかしたら支払いも済まされてしまうかもしれない。助かった。


「イワン?はやくっ、チケット見せて入ろう」

「う、うん。…ずっと楽しみにしてたもんね、この映画」


チケットをわざわざ事前に取り寄せて、僕の休みと自分の休みを調整して漸く手に入れた休日。それまで何度も指折り待ちわびる彼女を見てきたのだから、なまえがどれほど楽しみにしていたかなんてよく知っているつもりだった。
でも、彼女は僕の言葉を聞くや否や、ちょっとだけはにかむようにして、俯いた。


「ん、と……映画はもちろん楽しみにしてた、けど、」

「けど……?」

「一番楽しみにしてたのは、イワンと一緒に過ごせるからなんだから」


ああもう、言わせないでよ。力の抜けた瞳で睨まれても、全然怖くなんてなくて。それどころか、上目遣いになった彼女が可愛い、なんて、そんな事を無意識に感じるくらいには僕も余裕がないらしい。
きっと、今お互いの顔は真っ赤に違いない。頬を赤く染めた彼女から飲み物をひとつもらって、空いた手を繋ぐ。うん、やっぱりこっちのほうが自然かな、なんて。視線を合わせられないまま、シアターの入口で開場を告げる係員のところに向かう。
絡めた指は熱いけれど、離れようなんて気は微塵も起きなかった。






始まったばかりですよ。
   
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