どうしよう。先導アイチは背中に引っ付いた熱を出来るだけ意識しないようにしながら視線をうろうろと泳がせた。
「……どうしたの?」
「…っ、」
アイチ、と。吐息を含んだ声が鼓膜をダイレクトに震わせる。それがわざとでなくても、反応してしまうのは仕方がないと少年は思う。情けなくも跳ねた肩。首に抱きつくように回された腕は、きっと気がついているに違いない。それでも核心を突かずにいる彼女は、いったいなにを考えているのだろう。既に隠しきれないほど色を変えた顔のまま、少年は眉を下げた表情を真後ろの少女に晒した。
「なまえ、あ、その……」
「ん?」
いや、ん?じゃなくて。言葉にならないそれはアイチの胸の中だけでぐるぐると回るだけで終わる。
「あの、そろそろ離れない?ほら、暑いでしょう?」
「……アイチは、暑い?」
質問に質問で返されれば、アイチは困り顔のまま首を傾けるしかできない。こういう場合、縦に振れば彼女は間違いなく自分と密着するのを止めるだろう。けれど、その際に酷く辛そうな表情をするのも、アイチは知っていた。隠そうと必死で、でもアイチにはその一瞬を見つけられてしまう。だから、簡単に縦に振るなんてできなかった。
「ごめんね、暑いよね」
「ぁ、いやっその、……そんなこと、ない、よ…?」
「嘘ばっかり」
くすくすと、少女の笑声が部屋に溶ける。なまえだって、アイチの言わんとする事がわからない訳ではないのだ。ただ、わからないふりをしてでも彼とのこの距離を留めていたいだけで。アイチの優しさに甘えて、なまえは再び彼の首筋にすり寄る。
「アイチのそういう優しいところ、わたし好きだな」
だからといって、その優しさに甘えきってしまうのは良くない。理解していても、体は馬鹿正直に温もりを求めてすがる。
もぞもぞと位置を直したなまえの手に、そっとアイチの手が重なった。制止のつもりだったかもしれないその手の拘束から、なまえは緩く抜け出して、逆に絡めとる。一瞬だけ強張るアイチの指は、しかし瞬きひとつの間で控えめに応えて絡められる。
ああ、幸せだな、なんて。
底なしに優しいけれどひどく照れ屋なアイチの心境を鑑みれば少しだけ申し訳ない気がする。それでも彼女の頭には、この幸せを手放すような選択は用意されていなかった。