「わたしが味方になるから!」


からかうでも、まして憐れむでもなく。真夜中に突然部屋に来た女はそれだけを告げて、そして満足気に部屋から出て行った。……なンだ、アレ。
再び戻ってきた静寂の中、耳にはさっきのアイツの声が残っている。味方。まったくもって自分に不似合いな言葉だ。
バカバカしい。口で否定してみても、何故だかあの女の言葉が頭から離れねェ。
無条件の味方。朗らかに笑う小さな子供を思い出す頃には、脳が睡眠を欲しがって微睡んでいた。


「おはよ、ずいぶん寝てたね。低血圧?」

「……うるせ」


思っていた以上に疲労していたらしい、起き上がってリビングに顔を出すと既に日は高く、空調のよく利いたそこには昼食を準備しているらしい女の姿があった。


「おい」

「ん?」


呼ぼうとして気がついた。俺はコイツの名前を知らない。最初に名乗っていたかもしれないが、どうにも思いだせねェ。
今更――つっても、たった一晩の話だが――聞くのもなんとなく気が引けるようで、次に続く言葉を探す。その間も、目の前では女が小首を傾げている。


「……なンでもねェ」

「えー?なにそれ」


気を悪くするでもなく笑い出す女に、舌打ちひとつで返す。それでも表情は柔らかいまま鍋へと向き直るソイツ。…変なやつだと思うが、何故か不快感はなかった。不測の事態が連発してて疲れてンのか、自分らしくない反応にまた舌打ちをして、ダイニングのテーブルに乱暴に腰掛けた。
あまり綺麗に整頓されていない机上には、いくつかの冊子が無造作に散らばっている。その中からファッション誌を手にすると、下からは参考書が顔を覗かせた。課題か?
ひっくり返してみると、隅の方に小さく癖の少ない字で「みょうじなまえ」と記されていた。
なンとなく覚えのある響き。間違いなく、あの女の名前だった。
参考書の中身は数学らしく、手に取ってみればそれほど難しくもない式が羅列している。


「……つゥか、簡単じゃね」


みょうじはこんな単純な計算を四苦八苦しながら解いてンのか?演算の端にもかからないような、お粗末なアルファベットの列。放り投げると、予想通りの焦った声が飛んできた。


「ちょっ!わ、わたしの参考書投げないでよ!」

「こンな単純な計算くらい、参考書無しでイケるだろ」

「単純!?」


驚くみょうじを見る限り、やっぱこの世界の数学の理解度は学園都市ほどじゃないらしい。……こンな単純計算に苦戦してたら、能力開発なンざ一生無理だな。
半分ほど進ンだ問題集の未解答部分に答えを書き込ンでやると、後ろから歓声が上がった。どうやら昼食が完成したらしい。


「なんでそんな簡単に解けるの?すごいすごい!」


薄っぺらな問題集のたった一問を解いただけだ。それでここまではしゃげるものなのか。
普段なら顔をしかめて終わらせただろう。だけど今日はどうしてか嫌な気がしなかった。

……優越感か、それとも他の感情か。そンなことすら、今はどうでも良く思えた。
   
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