獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、とは秀徳高校男子バスケットボール部主将の言である。

熱気と興奮はまさに大会さながら、といった風の中。
ブザーが試合終了を告げるとほぼ同時に、ゴールネットが音も立てずに揺れ、ボールを潜らせた。
ブザービートと、途端に熱を増す歓声になまえも負けじと声を張り上げ、本日のMVP(なまえ調べ)にラブコールを飛ばす。


「宮地センパァァァァァアイ!かっこいーー!」

「うるせぇええ!轢くぞ!!」


ラブコールへの返答は、例外なく罵声である。
それでもなまえに傷ついたような様子はなく、むしろリアクションが返ってきたことでテンションは右肩上がりを続けていた。
なお、これらのやり取りは彼らの常であり、止めるものはいない。なぜなら日常風景だから。


「やばいめちゃくちゃ喉痛い」

「あれだけ叫べば当然なのだよ」

「つーかさ、ほぼ宮地サンへの応援じゃん。…オレらにももーちょい声援くれたってよくね?」

「よく頑張りました!」

「事後じゃなくて!試合中にくれよ!!」


ひと試合終えたばかりにも関わらず、一年生の元気が尽きる様子はない。
若いなァ……と一部の上級生が生ぬるい視線を送る中、なまえは鞄を開けてビニール袋を取り出していた。
鮮やかな配色のそれはコンビニ利用者なら誰もが目にするフルーツののど飴。未開封だったらしいそれを一息に開けると、中から個包装を取り出す。


「うーい、お疲れー。これでも食べて糖分を摂取したまえ」

「おっ、サーンキュー!」

「ありがたく頂くのだよ」


適当に掴んで渡すと、受け取った高尾・緑間は個包装を開けて飴を口に放り込む。人工甘味料特有の甘さと再現度の高いフルーツの味が広がっていく。
なんとなく表情が綻んでいる二人に続いて、自分もと包装紙を開いた。


「なんだよみょうじ、イイモン持ってんじゃねーか」

「宮地先輩セリフがカツアゲくさいです」

「るせー、ど突くぞ」

「みょうじって本当に宮地サンのこと好きなの?リアクションが怖いものなしすぎてさすがのオレもビビるんだけど」

「は?好きに決まってるじゃん宮地先輩結婚して」


もはや本音とも冗談ともつかないプロポーズを言い放ちながら、なまえの行動は飴の入った袋の口を宮地に向けるという常識的な動作に留まっていた。
「どうぞ!」とにこやかに差し出したそれ。


「んじゃ、遠慮なく貰うわ」


そうして宮地が伸ばした手が掴んだのは包装紙に包まれた飴ではなく、なまえが自らの口に放り込むために飴玉を摘んでいた、右手の手首だった。
ぱくり。
指先で摘んでいた飴玉は一瞬で宮地の唇が捕らえて、そのまま消えていった。


「ご馳走さん」

「……えっあっはいお粗末さまでした」

「みょうじ、恐らくその返答は適切ではないぞ」

「真ちゃんお願いちょっと黙って。そんでみょうじは黙らないで。何か言って」


そんな事言われても。
蚊の鳴くような声で絞り出された一言。頬を可哀想なほど真っ赤に染めた彼女をフォローできるものは、残念ながらその場にはいなかった。


恋は砂糖でできている


   
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