「なあ、お前なにしてんの」
「え?んーと、…なんとなく?」
「はぁ?」
「それにしてもイイ体してますね!」
「なんなの埋められたいの?」
ぺろーん、と隙だらけの背中を晒して、宮地さんは顔だけわたしのほうに向けた。まあシャツ捲り上げたのわたしだけどね。おお、笑顔だけど怒りのオーラ凄まじい。さっきまで一緒に覗き込んでいていた月バス、それが開かれたままのローテーブルと、シャツを捲られて背中を出した宮地さんの違和感は半端無くて、つい吹きだしたらちょっと強めのげんこつが頭に落ちてくる。痛い!
手加減されていてもなお強力なグーは、わたしの後頭部をじりじりさせる。じんわり涙が滲んできたけど、ここで屈するものかと睨んだら、珍しく宮地さんはほんのちょっとだけ怯んだ。
「つーかホント、なに?」
「逆セクハラです」
「よーしわかった、窒息死をご所望なんだな」
「のーもあ絞殺!」
首に手を回されるものか!とその曝け出されたままの背中にしがみ付いた。おっきい背中はすり寄るととてもあたたかくて心地いい。あったかいなあ宮地さん体温高いから落ち着くんだよねぇ。前に子供体温ですね!って言ったらほっぺ引っ張られたけど。
「宮地さんすきー」
「……もうひっついたままで良いから、せめてシャツ下ろさせろ」
「はぁい」
諦め半分っぽい宮地さんに生返事して、わたしはそのおっきな背中から離れる。もちろん言うことを聞いて、シャツを引っ張り元の位置まで戻すためなんだけど。…名残惜しい、と思ってしまうのはまあ仕方のないわけで。だってあったかくて気持ちいんだもん。
その背中の、ちょうど肩甲骨の間辺りにキスをした。ちなみにわたしは宮地さんとは反対に、冷え症で低体温。そんなわたしの唇は、当たり前だけど冷え切っている。そんな冷たいものがなんの前触れもなく触ってしまえば、いくら宮地さんだって驚かないはずがなくて。
「ひっ…!?」
「……」
びくぅっ!て、宮地さんの肩が、大袈裟に跳ねた。普段の彼からは想像もできない、息を飲むような悲鳴。………………やばい、かも。そう思って固まるわたしを見下ろしていたのは、宮地さんの絶対零度の微笑みだった。これは、やばい。
逃げようとして後ずさったわたしよりもすばやく、宮地さんの手が伸びてくる。捉えるのは、わたしの両頬だ。
「いひゃいいひゃい!」
「なまえ、お前、ほんとなにがしたいんだよもぉおおお」
「ごめんなひゃいぃいい」
みょんみょんと伸ばされた頬でまともな言葉を喋るなんて、まあ無理な話。抵抗してもそれ以上の力でなかったことにされたわたしは、ひたすら頬を引っ張られながら謝る道しか残されていない。
「あーもー…、お前オレの背後取るの無しな。こっちこい」
「え、ひょわ!」
やっと解放されたほっぺを擦っていると、突然の浮遊感に襲われて、ぎゅっと目を瞑った。すとん、とすぐに下ろされたけれど、開いた目の前には、宮地さんと読んでいた月バスがある。
…えっ。
「よし、これでいーだろ」
「ぇえええ良くない!良くない宮地さんなにこれ恥ずかしい!」
すぐ後ろから聞こえた声と、肩にかかる僅かな重み。お腹の辺りに腕を回されていたのに、気がついたのは今更だった。
わたしがいるのは宮地さんの膝の上で、ぎゅってされてて恥ずかしくて、やだやだと暴れたら更に強い力で抱き込まれた。だ、だから腕力にモノを言わせるのはズルいと思います!
「はっ?いつもお前がしてることだろ」
「包容力が違いすぎます!」
「あーハイハイ。わかったからちっと黙ってろ」
「わかってなっ、ひぎゃ!」
一瞬だけ心地よい重みを失った肩。たった一瞬なのにすぐに冷えてしまったそこを、宮地さんの柔らかい髪がくすぐった。
「冷え性やべーな」なんて呟く宮地さんの唇が、間抜けた悲鳴のわたしにくすくすと笑いを溢して、そのまま首筋にそっと押し付けられる。ひ、人が抵抗できないからって!
「げっ、月バス!月バス読みましょ宮地さんっ!」
「もともと邪魔してたのはお前だろーが。……まあ、」
相手が悪かったと思って、おとなしくしとけよ、な。なんて、極上のスマイルで押しきられてしまえば。
わたしの拒否権をはじめとするあらゆる権利は剥奪されてしまうわけなのです。