綺麗だね、と笑った顔が、どうにも頭から離れない。


「なにしてんのー?」


夕方、ただでさえ人の少ない学校の、第二校舎の屋上って言ったらもう全然人なんかいなくって。オレだって普段なら絶対に来ないような、そんな場所に、その子はいた。
真っ赤な空に溶け込むみたいに真っ赤にそまったその子はどうみてもフェンスの向こう側にいて。頭に浮かんだのは「自殺」の二文字。めんどくさいとか思う暇も無くて、とにかく引き留めなきゃなんて思ったのは咄嗟の事だった。今考えてみても、理由なんか思い出せそうにねーし。


「景色を見ていたんだ」

「そんなとこで?」

「そんなとこ?」

「フェンス」

「……ああ」


その子が思い出したようにフェンスを掴むと、カシャンと音をたてて針金でできた網がたわんだ。「よっこらしょ」なんて年寄りくさい声をかけて、ゆっくり登ってく。
あーもー、なんかめちゃくちゃ危なっかしい。


「ん」

「ん?」

「おろしたげるー」

「ありがとう」


素直に差し出された腕を取って抱きあげたら、その子はすっごく軽かった。……この子、黒ちんよりも軽いんじゃねーの?持ち上げてんのかどうかもわかんなくなりそうなくらいふわっふわのその子をつぶさないように、そっと下ろしてあげた。


「ねー、なんであんなとこいたの」

「フェンス越しよりも、あの方が景色が綺麗に見えるんだよ」

「でも、危ねーじゃん。落ちたらどーすんの?」

「落ちたら死んじゃうから、落ちないように気をつけてる」

「ふーん」


そんな理由であんな事ができるもんなのかって考えるといまいち納得できなかったけど、よく考えたらオレこの子の名前も知らないし、そういう子なのかもわかんないって事に気がついた。うん、きっとこの子の中ではそれで納得できちゃうんだろう。
「それに、」と彼女は言葉を続ける。ずっと笑顔ばっかりだったはずの顔は少し寂しそうで、そんな顔を見ちゃったら、屋上に来たばかりの頃のめんどくさいって気持ちはどこかに行ってしまった。


「わたし、あと一カ月しかここにいられないから。今のうちに、目に焼き付けておこうかと思って」

「え、転校しちゃうのー?」


寂しそうにしているのに、その子は笑っていた。きっと寂しいのをすっごく我慢してるんだ。
そう思ったら心臓の辺りがぎゅっと痛くなって、なんだか悲しくなった。バスケはめんどくさいけど、みんなのことは好きだ。赤ちんも峰ちんもミドチンも黒ちんもさっちんも黄瀬ちんも、みんな。転校とか、お別れとか、オレだったらそんなんぜってーやだし。
そう思ったら、勝手に手が動いて。気づいたらその子を抱っこして腕を精一杯上に向けてた。


「わっ!え、えっなに?」

「こーしたら、フェンスのぼんなくても、見えるでしょー?」

「!……わぁ、ほんとだ、綺麗…!」

「どうしても見たいなら、オレがこーやって見せたげる。だからあーゆーことすんの、ナシね」

「…うん」

「そんで、一か月楽しい思い出いっぱい作んの。そしたらさみしくないでしょー?」


今からお別れする事ばっか考えてても、きっともっと寂しくなるから。それなら今からでも楽しい事をたくさんしていけば、きっとさびしいだけじゃなくなる。
ね、って首を傾げて答えを待っていたら、その子は最初に会った時と同じ、見惚れるような笑顔で頷いてくれた。

今思えば、あれはきっと一目惚れだったんだと思う。


「オレねー、紫原敦っていうの」

「わたしはみょうじなまえだよ、紫原くん」

「じゃあなまえちんて呼ぶねー」

「それならわたしはむっくん、て呼ぼうかな」


さようならの準備期間


彼女と過ごした一カ月を、オレはきっと一生忘れない。
   
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