「高尾くんってホントなんでもできちゃうよねー」
「えー、そうかな?」
「その上、気さくだしかっこいいし。あんな幼馴染がいてなまえが羨ましいよ」
いいないいなーなんて羨まれるのは、残念ながらももう慣れてしまった。
明るくて誰とでも仲良くなれて、いわゆるムードメーカー。それがわたしの幼馴染、高尾和成に周囲が抱くイメージだ。いつだか友達が「ハイスペック高校生」とかなんとか言って彼を囃し立てていたけれど、実際にはそんなことはないと、わたしは常々思っているのです。
「おかえりなまえ。和くん来てるわよ」
「はーい」
家に帰ってくると、大抵はこのやり取りが待っている。わたしもお母さんも慣れたもので、わたしが帰ってきていようがいまいが和成はわたしの部屋に通されている。脱いだ靴を律義に揃えられたスニーカーの横に並べて、階段をのんびりと上がった。
「ただーい、ま」
「……帰ってくんの遅すぎ」
いつもと違ったのは、普段はそこらへんに転がってる筈の和成が珍しく起きていて、そしてドアを開けた瞬間にしがみつかれたということ。ここ数年でぐんぐん伸びていった身長は、もうわたしに支えることはできないっていうのに、こいつは遠慮なく全体重をかけてくる。よろめきながらもなんとか踏みとどまったわたしは偉いと思う。
「お疲れですか、和成くん」
「…お疲れでっす」
ぽんぽんと背中を叩いて放すように促しても微動だにしない和成は、なにをそんなに参っているのか、全然離れようともしない。けれどここで困ったなんて思えないくらいには、わたしはこのでっかい子供の扱い方を心得ている。
「じゃあ部屋の入り口で突っ立ってないで。ほら、こっちで座ろう?」
「…んー」
まったく、いつからこんな甘えたになったんだか。完全に「電池切れ」状態の和成の背中をもう一度だけ叩くと、今度こそ離れて、なんの遠慮もなくベッドに転がった。座ろうって言ったはずなんだけど、という心の声は仕方がないので飲み込んで、わたしは空いたスペースに腰かけた。
外では誰もが認めるようなカンペキ人間のような和成だけど、実際はそんなに完全なわけじゃない。外で頑張れば頑張るほど、反動のように家の中では驚くほど無気力だ。
「子供返り」とか「無気力症候群」とか、そういう症状を疑った時期もあったらしいけど、でもそれが毎日というわけじゃない。
中学のときは本当にごくたまにしかそんな風にはならなかったし、今ほど甘えた態度を取っていたわけでもなかった。だからこの状態の和成を、知っている人は「電池切れ」と称していた。
「もー、なんで毎日うちにくるかなぁ。おばさんと妹ちゃんは?」
「…おふくろも妹ちゃんも、かまってくれねーんだもん」
……なるほど。
最初こそどうしたのかと様子を窺っていたはずだったのだけど、みんなこの状態の和成に慣れてしまったんだろう。最近やけにうちに来る頻度が高いのも、そういうことか。人恋しい状態で誰も構ってくれないなら、普段以上に寂しい思いをしていたのかもしれない。
「…で、寂しくなってうちまできちゃったんだ?……そんな辛いなら、少し頑張るのやめたら?」
「やだ。……決めたんだよ、アイツより練習して、ぜってー認めさせてやるって」
「アイツ?」
アイツって誰だ、と思ったけど、こうやって対抗意識を持つ相手なんてちょっと考えればすぐにわかる事だ。幼馴染曰くの「我らがエース様」とその比類なき天賦の才を頭に思い浮かべて、ああそれじゃぁ頑張らないとね、とこっそり笑った。
「なー、なまえ」
「なんですかー和成くん」
「ちょっとでいいから膝貸して」
「わたしのベッド占領しといてお前…」
「……だめ?」
「…………いーよ、頭上げて」
大概、わたしも甘いな、なんて自責の念は残念なことにどこかに追いやってしまった。なんだかんだで大事な幼馴染だ、放っておけない。
「はやく彼女作ってよね、そしたらお役御免でしょ」
「彼女なんかいらねーよ。なまえがいてくれたら、オレはそれでいーの」
「それ膝枕じゃなかったらキュンときたかもね」
冗談抜きで、いつか和成だって大事な人が出来るだろうし、きっとそれはわたしじゃないと思う。だからこういう軽口が叩けるうちに、離れてもらわないと。
『わたしが』困ってしまう。
「和成ご飯どうするの」
「んー…いらねー」
「いるかいらないかじゃなくて、うちで食べるか自分ち戻るか聞いたんだけど。スポーツマンは体が資本なんでしょ、人事尽くせー」
「…なまえ真ちゃんのマネやめて」
「で、どうするの?」
「なまえと食べる」
「じゃあ、おばさんに連絡」
「して」
「…………わがままっ子め」
和成のポケットから勝手に携帯を引き抜くと、寝返りを打ったヤツはわたしの腰に手を回してひっついてきた。あ、やめてよおなかちょっと気にしてるんだから。
「充電完了まであと何分ですか?」
「一生」
「はいあと五分ね」
「なまえちゃんつめた〜いのだよ」
「二分引いとくね」
「あと五分でお願いします」
冗談が言えるならもう大丈夫だと思うけど、どうあっても離れるつもりがないらしい和成の腕力が思いのほか強かったので、しょうがないなって諦め半分のまま、わたしは膝に乗った頭をそっとなでた。
こうやっていられるのは、あとどれくらいが限度なのだろう。そんな悩みなんて知る由もなく、無防備な幼馴染の横顔を眺めて、わたしは本日何回目かのため息を気取られないようにして飲み込んだ。