三月、卒業式を無事に終えてそれぞれの進路も決まったこの時期に、わたしと黄瀬くんはそれぞれの部屋を片付けていた。
理由は、お互いの引越しのためである。


「洗濯機はー、黄瀬くんのやつ持ってこっか」

「あ、掃除機はそっちのがいいっス。かわいいし使い勝手よさそう」

「黄瀬くんのはちょっとおっきいしね」

「あんなゴツい掃除機、こんな可愛い手には持たせらんないっスよ」


そもそもの引越し理由(黄瀬くんと距離を置く)がなくなってしまった以上、引越し自体も取り止めようと思っていたのだけれど、彼もわたしも東京に居を構えた方が都合が良いということで、最初に黄瀬くんが提案したルームシェア、もとい同棲を決行することになったのである。
それにあたって、二人分の家具家電を整理しているのだが。


「き、黄瀬くん、近い」

「別にいいじゃないスか、恋人なんだしぃ」


恋人の部分をやけに強調する黄瀬くんは、最近やたらとご機嫌で、そしてやたらとわたしに引っ付きたがる。たしかに黄瀬くんの言い分は間違っていないと言えばそうかもしれないのだが、わたしとしてはむやみやたらと行われる零距離スキンシップはご遠慮願いたいのが本音なのである。だって恥ずかしいから。
考えてみてほしい。ついこの前まで不毛な片想いをしていると思って引越しまで検討していた人間が、一夜にしてその恋を実らせてしまったのだ。普通に考えて、わたしが平静を保てていることすら賞賛されるべきだと思う。今だって心臓が破裂するんじゃないかってくらいうるさいのだ。ていうかこれ黄瀬くんに聞こえてるんじゃない?なんて思ったら余計心臓が痛くなった。うわぁあああ…!


「き、黄瀬くん、ちょっと真面目に、」

「それ!」

「え、ど、どれ…?」


いい加減にしないと本当に死ぬ!ちょっと強めに言えばさすがに黄瀬くんも引いてくれるはず、と思って口を開く。しかしそれ以上に強い口調の黄瀬くんに気圧されて、わたしの決意は一瞬で消えた。


「オレは名前で呼んでるのに、いつまで名字で呼ぶつもりっスか?」

「え……だって、三年この呼び方なのに今更変えられないよ」

「だめ!ちゃんと、涼太って呼んで。今呼んで」


ほら早く、と急かされても、無理なものは無理だ。黄瀬くんはわたしを殺すつもりなのだろうか。ていうかわたしがドキドキしてるのわかっててやってるんじゃないだろうかとさえ思う。
しかし黄瀬涼太という人間は意外と頑固者で、そしてこういった事柄に関しては意地でも譲らないのだ。こうなった時点で、わたしは覚悟を決めねばならないのである。
死んだら黄瀬くんのせいだからな!心の中で恨み言を吐き出して、わたしは死ぬ覚悟を決めた。大げさでは、ないはず。


「りょ、」

「……」

「りょうた、くん」


ぶわ、と顔が熱風をあてられたみたいに熱くなる。うぁあああこれ絶対顔真っ赤だよ恥ずかしいぃいいいいいい!咄嗟に顔を両手で覆うと、一瞬遅れて黄瀬くん、じゃない……涼太くん、の腕がわたしを包んだ。


「えへへ、良くできましたっス」


よしよしとわたしの頭を、涼太くんのあったかい手のひらがなでる。両手で顔を隠したままだからどんな表情をしているのかはわからないけれど、声からは機嫌の良さが滲み出ていた。
だからわたしは知らなかったのだ。涼太くんの顔がわたしに負けないくらい赤かったということを。






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