修学旅行
本当に最悪だ。
自分が本当に運も何もないやつだったんだとは夢にも思わなかった。
前日に体調を崩し、熱を出した。それだけなら意地でも行こうかと思っていたが、挙句に嘔吐まで繰り返してしまったため、私は修学旅行辞退する羽目になってしまった。
「ありえないっ、ありえない!」
そんな不幸な私に、担任は『治ったら、学校に登校しろよ』なんて言うんだ。マジ意味わかんない。私は文句をブツブツ言いながら、登校すれば、ワイワイ楽しくサッカーする男連中の姿。誰だよ、もう。そう思いながら目を凝らしてみれば、
「行くぜ!ヒャハッ」
「マジ速すぎだろ、倉持!」
「まあでも、御幸がミスるからいいけど」
野球部連中のようで。そういえば、毎年野球部は試合が近いからか、何らかの理由で修学旅行には不参加なんだっけ。…ちょっと。ちょっと待ってよ。私は、野球部連中とみんなが帰ってくる間、過ごさなきゃいけないの?!
「…死刑宣告だ」
無理。むり、ムリ!絶対無理、死んでも無理!男連中の中に混ざるなんてそんなもの無理だー!心の中で全否定し、私は立ち尽くす。すると、
「あれ?名前ちゃん?!」
「ゆっ、唯ちゃん…!」
神!神様が降りてきた。去年同じクラスだった夏川唯ちゃん。そう言えば、唯ちゃんは野球部マネだ!
「何で名前ちゃんいるの!?」
「人生いろいろだからだよ、唯ちゃん」
「なんじゃそりゃ」
唯ちゃんと話していれば、『唯!何してんのさ』という声が響く。隣のクラスの梅本さんだ。
「幸子、女子が一人増えたよう!」
「あれ、この子、名字さんじゃない?」
「さすが幸子!そうだよ!きっと喜ぶよお〜!」
「だね!そうじゃなくても接点ないって唯に言ってたしね!」
何の話だ?と思いながらも、私は『とりあえず、先生に言ってくるね』と体育を監督している先生の元に行く。すると、
「危ねえ!」
蹴ったボールが背中に直撃。なかなか痛かったけれども、痛いという声も出ない。私はゴールではないぞ。誰だ、私に当てたこのノーコン野郎は。振り返ると、
「ごめん…って、名字?!マジごめん!」
去年同じクラスだった川上くんの姿。よし、川上くんなら許す。そう思い、私は『全然大丈夫』と笑う。元々そんな強く当たってないしね。先生まで近付いてきて、『名字大丈夫か?!』と。全然大丈夫です、頑丈なので!と言えば、そうか、と頷く先生。いやいや、そこ。頷くとこじゃないんだけど!
「名前ちゃん大丈夫?!」
唯ちゃんたちが私の所に駆けてくる。みんなして大袈裟なんだよ。そう思いながら、私は後ろに振り返る。
「うん、大丈夫!だいじょ…、」
背中に感じる、俄かな痛み。これはもしかして、打ち身というやつか。鈍くだけど、少し痛くて。でも、川上君に心配をかけてしまうから、私は隠すことにした。
それからも、唯ちゃんたちと修学旅行に行けなかった経緯について話していた。…話している間も、鈍く、鈍く、痛くなってくる。何なの、なんなの!そんなにサッカーボールって衝撃強いの?!
これはもしかしたらやばいことになってたり、と不安になって、私は保健室に行くことにした。けれども、
「あ、あの…先生…」
「何だ?」
「ちょっと、用事、思い出して。職員室に行ってきますね」
「わかった」
隠さなきゃ。じゃないと、大丈夫って言った手前、恥ずかしいし。何より、川上くんに申し訳ないし。私はささっとその場から逃げて、保健室に向かう。…つもりだった。
「痛むんでしょ、名字さん」
「えっ」
すると、そんな言葉とともに、その途中で捕まってしまった。その相手は、
「…御幸、くん…」
あの、御幸くんで。御幸くんは同じクラスで、かなりの有名人だ。同じクラスだからと言って、話したことですらない。
「…ノリのボールが当たった所、痛むんだろ?」
びっくりした。何でわかったの、とは言えなかったけれど、本当にびっくりした。洞察力ありすぎでしょ、なんて思いながらも、
「…うっ、ううん…私は、職員室に…」
「嘘言わないで」
「嘘なんかじゃ…」
「俺、名字さんの変化なら微々たるものでもわかるつもりだよ」
…これが、どうとも思ってない人から言われた言葉なら、気持ち悪いとかそういった気持になるんだろう。
「…何、言って…」
でも、そうじゃないから。どういうこと、なんて言えないほど、私は混乱している。思っているより、相当。徐々に詰まっていく、御幸くんとの距離。一歩、私が御幸くんから遠退ければ、御幸くんが私に近づく。
「マジびっくりしたよ。会いたいと思ってたところに、名字さんが現れんだからさ」
「…っえ、」
「なのにノリの奴、名字さんにボール当てんだもん」
『ノリ殴りそうになっちゃったし。俺』なんて、物騒なことをいうもんだから、それにも驚く。御幸くんってこんなに感情を表に現すような人だったかな。でも、そんなどうでもいいことじゃなくって、今、今。
「…っ期待、させるようなこと言わないで」
私には、みんなみたいに素直に憧れを口に出せるほどの勇気はない。それが、単なる憧れならば口に出せたかもしれないけれど、私のは、単なる憧れだけじゃないから。密かにずっと、御幸くんのことを想っていた。だからこそ、今日、ほんの少しだけラッキーと思ってしまったんだから。彼を、こんなに間近で見れる機会なんてないから。
それがまさか、こんな展開になるだなんて思いもしなかったけれど。
「何?そっちこそ、期待させるようなこと言わんでよ」
なんて、嬉しそうに笑う御幸くんの姿に、私は敵わないと思った。彼はきっと、わかってる。私の、――“答え”だって。
なんだか負けたようで、悔しくなったから。私はその場から逃げるように、『…っ私、怪我人だから!またね!』と言って、保健室に駆けていく。けれど、さすがは運動部。すぐに捕まって、耳元で愛を囁かれたのは言うまでもない。
――――ま、修学旅行の残りモノでも、福はあったから、いっか。
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