掃除当番

掃除当番の週は、たいてい機嫌がいい。私の担当は基本窓ふき。むろん自分から進んでやっている。窓が綺麗になるのは見てて気持ちいいし、心がもやもやするときには気分を落ち着かせることができる。ほうきの子たちはさっさと終わらせて教室を出ていく。一人になったとき、窓の外を眺める。空を背景に、白球を追いかける少年たち
一人で教室にいられる時間、不思議な静けさと、たくさんの部活動の音。吹奏楽の奏でる音色、体育館から聞こえる掛け声、グラウンドから聞こえる、金属音。ミットに収まる、ボールの音

窓を拭きながら、グラウンドを見つめる。一つ年下で、新たにエースに君臨した降谷くんの姿が見える。その隣で大声をあげているのは確か、沢村くん。1年生で急成長株だという。
どこでそんな情報を仕入れているかといえば、クラスの野球部員の話が割と大声で聞こえてくるから。と、毎度グラウンドを観察しているから。---ある人物を追って
またきょろきょろと視線をさまよわせていると、背後から声がした

「名字?」

毎日教室で聞いている声。探していた人物の声が背後からしてすごくびっくりした。恐る恐る振り返ると、目を瞬かせたあとくすっと笑った彼がいた
いつも窓ガラス越しにしか見つめることのできなかった、同級生

「御幸くん…」

「すげー驚かれようだな。俺がここにいんのそんな可笑しい?」

「いやそういうことじゃなくて…この時間御幸くん部活だからどうしてかなって…」

「スコアブック机の中に入れたままだったんだよ。それで取りに来た」

ずかずかと自分の机まで歩き、机の中をまさぐっていた。私はそれを横目に窓を拭く。隅っこも綺麗に、自分が反射されるくらい綺麗にしよう。いつもみたいに。雑巾で上の方を拭こうとしていると、いつの間にか隣に立っていた御幸くんに小さな悲鳴を上げてしまった。彼はおもしろそうに笑う

「いやー名字はいつ見ても飽きねーなー」

「え、え…?わ、私たちってあんまり話したことないよね…?どうして…」

御幸くんは一瞬、しまった、という顔をした。動揺する御幸くんは珍しい。彼の視線は窓越しのグラウンドへ向けられた。目を細めて見つめる先には、一体何が映っているんだろうか。投手陣が必死で投げ込むブルペンも、バッティング練習をしている人たちも、守備練習で泥だらけになっている野手の人たちも、普段彼が座っている位置も、どんな風に映っているんだろうか
真剣なまなざしが、どこまでも眩しい。私にはわからないもの

ふと、御幸くんが口を開いた

「この位置からだと、よく野球部の練習見えるんだな」

「う、うん。意外と見えるよ」

「じゃあ、名字もここから俺のこと見てたんだな」

やってしまった、と思った。そうだ、彼が気づかないはずがなかったんだ。誰よりも鋭くて、賢い彼が気づかないはずなかった。にやりと笑った御幸くんを見て血の気が引く
---絶対に変な奴って思われた

これじゃ半分くらいはストーカーみたいなものだ。確かに目を合うことはたびたびあったけど、すぐにしゃがみこんだからばれてはいないだろうという変な自信があった。でもそれ自体が大きな勘違いであり、間違いだった。

一歩後ずさりをしてしまう。恥ずかしさとか悲しさとかいろいろなもので泣いてしまいそうだった。---嫌われるのは、嫌だ
そう思っても声は出なかった。ふがいない自分が嫌で涙が零れそうになったとき、御幸くんの優し気な視線が私に向けられた。ふっと微笑んだ彼は、いつもと全然違って、不思議と落ち着いた

「目、よく合ったよな。お前が掃除当番の週は習慣的に教室見るようになった。そしたら、すげー楽しそうな顔した名字がいるんだよ」

何を言っているのかがよくわからなくて、首を傾げてしまう。涙も完全に止まった。
御幸くんはしばらく何も言わなかった。沈黙は破られない。私はグラウンドの方を見た。白球に飛びつく倉持くんの姿が見えた。ブルペンで川上くんが投げ込むのも見える。

はっきり、はっきり、見えるんだよ

「自然と名字のこと見るようになってた。俺ら全然話したこともないけど、あの楽しそうな顔が、忘れらんねぇ」

「御幸、くん?」

「困らせるかもしれねーけど、お前のこともっと知りたいと思った。嘘じゃないからな?だからさ、」

そう言ってしっかりと私を見据える御幸くん。
ああ、なんだろう。心臓がうるさい。何を思ってるのかな、自分

白球と向き合う彼がひたすら眩しかった。それをいつしか目で追うようになってた。窓越しだけど、窓を拭けば拭くほど、もっと彼に近づけるようだった
だから、掃除当番が、楽しみだった。

目の前に差し出された手。それに喉の奥が熱くなる感覚がする。
御幸くんは、狡いくらい優しく笑った


「俺と、友達から始めませんか?絶対楽しい毎日にしてやるよ。だから、またここから練習見ててくれよ。俺のかっこいいとこ見れるぜ?」

自信ありげに口角を上げた彼をかっこいいな、って思うあたりが重症かな、なんて。
私はためらわずに彼の手に自分の手を重ねた。握られた手は、野球をがんばっている証拠か、皮が厚くなっていた。男の子の、手だった

掃除の週だけ見れる彼の姿にきっと、窓を拭いた数だけ、窓を綺麗に拭けた分だけ、もっともっと恋をするんだろう。
窓が反射した私たちは、自分が見ても、幸せそうに笑っていたように思えた。

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