机の下で手をつなぐ
朝の早い時間帯、まだ学校は静かで人の気配は一切感じないその場所が私は好きだ。普段生活しているときは嫌になるくらいにうるさい雑音が一切しなくて、このまま空気に溶けてしまえるんじゃないかと少々臭い思考に走ってしまうのも仕方がないのかも。そんな空間で、私は一人教材を広げ、シャーペンを忙しく動かす。家だと誘惑してくるものがたくさんあるし、放課後の学校は何だかんだで賑やかすぎるので私は俗に言う朝自習と言うものを行っている。
そんな静かな空間に来訪者が来ると、普段よりも音だとか雰囲気がハッキリと感じとれる。階段を駆け上がる音と、早い速度で近付く気配。勢いよく開く扉。
「っと、もう誰かいたのか。」
首だけ覗かせてそう言ったのは倉持だった。身なりとしゃべり方がヤンキー臭くて最初は苦手だったが、他人の感情の変化に鋭く、場の空気を察したりさりげないフォローの上手い優しい奴だと最近気づいた。また、野球留学で寮暮らしでしかも2年生でレギュラーの座を勝ち取っているすごい人だ。本人の口から聞いたことはないが、生半可な努力じゃつかめないであろうその立ち位置を先輩にも後輩にも譲ることなく保ち続けている。本当にすごい。同い年だけど、すごく尊敬している。
そんな倉持は毎朝部活の朝練に行っているので教室で見かけるのはホームルームの始まる数分前だ。こんな早い時間に来ることなんて今まで一切なかった。
「今日、部活ないの?」
あいさつ代わりに私は話しかけた。息を吸うと喉が渇く感覚がした。鼓動も速まって体が温かい。普段話さないから緊張しているのかな。
「あぁ、本当はあったんだけど臨時の職員会議で監督たちが全員来れなくなってよ。今日は練習を早めに切り上げてミーティングやる予定だったのが無くなって自主練になったんだけど……この天気だろ?」
倉持が窓を指さす。いつの間にか雨が降っていた。そういえば今日は雨が降る予想だと天気予報が言っていたっけ。
「自主練つっても、朝のこの時間じゃできることは限られているからな。もうすぐテストも近いってことで早く学校行って勉強しろってさ。」
倉持はため息交じりに机から教科書を引っ張り出している。
そのとき、机から何か紙のようなものが落ちた。紙はふわっとゆっくり落下し、私の近くに落ちた。倉持は気づいていないようなので私はしゃがんでそれを拾った。
「落ちたよ。」
「ん?何だそれ?」
「倉持の机から出てきた紙。……あれ?これ女の子の字じゃん。まさか、ラブレターだったりして。」
冗談めかして言ってみると、倉持はマジで!?と言ってから私にならってしゃがんだ。何か秘密ごとをしているようでくすぐったい。
「ほら、これこれ。」
「何々……ずっと前から気になっていました。私は倉持君のことが好きです。付き合ってください。もし良ければ、今日の放課後校舎裏の自転車置き場で待ってます。」
校舎裏の自転車置き場は使っている生徒が少なく、しかも今日のような雨の日では一切人通りがない。絶好の告白日和だ。
「よかったじゃん、倉持。」
「……でも、俺こいつ知らねーわ。」
倉持は送り主の名前を見ながら言った。正直意外だった。倉持が誰構わず付き合う人だとは思わない。しかし、浮かれることなく、というかあまり嬉しくなさそうだ。普通自分に好意を持ってくれている人がいるのは嬉しいはずなのに。
「俺、気になる奴いるから、そいつ以外のことは今は考えられねーんだ。」
「そうなんだ。」
何だか複雑だな。……複雑?
「でも、倉持の気になる人って……。」
誰?そう聞こうとして目線を倉持と合わせようとすると顔が思いのほか近くて思わず黙ってしまった。
「……立とうか。」
心音がいつもよりよく聞こえるのは驚いたせい。少し駆け足なのは聞こえないふり。
立ち上がろうとした私だったが、強い力で手を引っ張られ、それはできなかった。
「まだクラスの連中は来る気配ねーし、もう少し話そうぜ。俺ら普段全然話さねーし。」
この体勢で?とは恥ずかしくて聞けなかった。
「さっきの話の続き?」
話せるのは嬉しいけど、ちょっとなぁ。距離が近いから緊張してしまう。それに、倉持の気になる人の話、か。
そんな私の気持ちを読みとったのか倉持はちげーよ、と言った。
「さっきよりもっといい話!」
そう言い切った倉持は今日一番輝いた顔をしていた。
先程引っ張られた手はいつの間にか重ねられていて、同時に私はいつの間にか倉持に惹かれていた。机の下で繋いだ手が心まで繋いでくれたように感じ、くすぐったかった。
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